名もない詩集
あの夏の日
君が通った
私の住んでた
あの部屋が

もうじき
無くなると
聞かされても
君に伝えるすべもない


君はまだ一人で
あの部屋の鍵も
写真も手紙も
持っているのに

もう君は
あの部屋の鍵を
開けられない



初めて君が訪ねてから
いくつも季節が過ぎて

最後に来た時
就職が決まったと
スーツ姿に鞄を持ってた

写真の中の君は
はにかんで
何だか君らしくない

互いの部屋の鍵は
いつでも
帰れる場所があるって
安心して
暮らせる宝物だった

会えなくても
つながっていられる
最後の支えだった

だけど
君はもう
私に会いに来られない


私達のあの美しくて
残酷な日々が
二人の全てだった

苦しさに
忘れようと
した日もあるだろう


二人にとって
あの頃は
何もかもと
引き替えにした

未来さえ全て
燃やし尽した恋だった


たとえ
部屋がなくなっても
君も私も
鍵を捨てられない


だって
自分の一部だから
鍵を捨てる事は
今までの全てを
生きてきた自分を
失う事だから


一緒に生きたあの夏は
永遠に二人の胸の中

眩しい陽射しに
目もくらむような
君と私を悼むように

思い出の詰まった
あの部屋が
今形を無くしていく

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