もうひとりの極上御曹司
未来はわからない
坂道が多い学生街を、佐木千春は息を切らせながら走っている。
教科書が詰まった背中のリュックがずっしりと重くてかなりつらい。
大学の正門から駅までまっすぐ延びる大通りには授業を終えた学生たちも多く、ぶつからないように気を付けて走るのは大変だ。
「あの教授、いつも話が長くて困るのよね」
五分後の電車に乗らなければバイトに間に合わない。
十六時を過ぎ、お腹も空いている。
普段ならバイトの前に軽くなにかを食べるのだが、今日は授業が長引いてそんな余裕はまったくない。
バイトが終わったら兄の駿平においしいものを奢ってもらおうと考えながらひたすら駅を目指す。
こんなことなら、お昼はもう少しガッツリと食べておけばよかったと後悔しながら……。
大学名物の「生姜焼き定食」が売り切れていたのがショックで、売店でパンをひとつ買って食べただけ。
拗ねずにカレーライス大盛りを食べていればもう少し速く走れるはずなのに。
今さら後悔しても遅いが、とにかくお腹が空いて足がもつれそうだ。
駅にようやくたどり着き、改札機にICカードをかざして通り抜けると、ちょうどホームに電車が入ってきた。
「間に合った……」
混み合う中、千春は荒い呼吸を繰り返しながら、よたよたと電車に乗り込んだ。
十七時からのバイトに間に合いそうでホッとすると同時に一気に体が熱くなる。
平日三日間のバイトを始めて一年が経つが、たまにこうしてギリギリになる。
授業時間が終わっても話し続ける教授の授業の時はいつもそうだ。
来年はあの教授の授業を選択するのはやめようと思いつつ、息を整えた。
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