もうひとりの極上御曹司
「緑さん、あの、大丈夫ですから」
「本当にいい考えなのよ」
千春の言葉を聞き流した緑は、ふふっとかわいらしく笑った。
そして、もったいぶったように口を開いた。
「今晩、千春ちゃんがうちに来ればいいのよ」
「……え」
「だって、うちならわずらわしいくらい警備は完璧だし、使用人たちも千春ちゃんが来るのをいつも楽しみにしてるのよ。なんなら一日と言わずずっといてくれてもいいんだけど。小さな頃はよく泊まりに来ていたでしょう?」
緑はスラスラとそう言って、首をかしげた。
さすが愼哉の母親ともいうべき綺麗な顔を向けられ、千春はたじろいだ。
「どうかしらと言われても……。それは遠慮したいかなと……」
千春が中学生の頃までは木島家に連泊させてもらうことも多かったが、愼哉への恋心が大きくなるに比例して照れくささも大きくなっていった。
昼間遊びに行くことはあれど、長時間愼哉の存在を感じるのは心身ともに疲れるので泊まらず帰っている。
今もどうにかして緑の提案を遠慮しようと、必死で頭を働かせる。
けれど、緑はさらに大きな笑顔を浮かべ、チラリと愼哉を見た。
「愼哉だって千春ちゃんをひとりにするのは心配でしょう? うちなら部屋も有り余ってるし、千春ちゃんがいつ来てくれてもいいようにお洋服も季節ごとに揃えているのよ。この間来てくれたときにおいしいって言ってくれたチョコレートもあるわよ」
「え、あのベルギーのチョコレート……?」
千春は豪華な化粧箱に並んだチョコレートを思い出した。
たしか愼哉が出張でヨーロッパを回ったときに買ってきたと聞いたが……。
口に入れた途端広がる上品な甘さを思い出し、今すぐ食べたくなる。
けれど、今日はやはり遠慮するべきだろう。
「あの、やっぱり……」
千春が改めて断ろうと口を開いたと同時に、傍らで様子を見守っていた愼哉がおもむろに口を開いた。
「だったら夕食もうちで食べよう。シェフたちが千春に食べてほしいメニューをいくつも考えてるらしいから、大喜びで千春ごのみの夕食を用意してくれるはずだ」
いつの間にか千春の目の前に立っていた愼哉のきっぱりとした、それでいて甘い声に、千春の鼓動が何度も跳ねた。