もうひとりの極上御曹司

悠生は昔から千春をよくからかっていたが、今日はやけに嬉しそうだった。

『千春をからかうと兄さんがいつも怖い顔で睨むから、それが面白くてさ。俺にとってはからかい甲斐のある妹のようなものなのに。ほらまたそうやって睨む。それにしても、あんな記事まで出されて千春も大変だな。外堀の埋め立てが着実に進行中ってこと?』

ワインを飲みながら呆れたように口にする悠生の言葉が理解できず、千春は首を傾げていた。

悠生が口にした『あんな記事』とは千春を悩ませている愼哉の結婚の記事だろうか。

千春は愼哉と悠生のやりとりに戸惑いながら、ひたすら箸を動かした。

けれど、おいしいに違いない料理を口に運んでも、今夜は味がよくわからなかった。

愼哉が近々結婚するのだと落ちこむばかりで機械的に口を動かすだけ。

満腹感すら感じられなかった。

愼哉はあと数年もすれば征市の跡を継ぎ、社長としてグループを率いていくに違いなく、そうなれば千春との距離も今まで以上に広がってしまう。

今回の報道がデマだとしても、いずれ近いうちに木島家の嫁としてふさわしい女性との結婚が発表されるだろう。

両親を亡くしたあと兄とふたりで必死に生きてきた千春に、愼哉との未来はない。

こうしてピアノを弾いてもらえるのもあと数回のことだろう。

娘が欲しかったと言って千春と亜沙美をかわいがる緑も、愼哉や悠生が結婚すれば嫁となった女性を猫かわいがりするだろうし、孫が生まれれば誰よりも溺愛するのは目に見えている。

千春のことなど二の次で、そのうち忘れられてしまうに違いない。

突然千春の大学に高級車で乗り付けてはそのまま自家用機に乗っておいしいものを食べに連れて行ったり、千春に似合うはずだという理由だけで高価な洋服やかばんをいくつも送り付けたり。

それだけでなく、両親の命日には毎年欠かさず駿平と千春と一緒に墓に参り、その日一日千春に寄り添い優しい言葉をかけ続けてくれる。


< 30 / 51 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop