もうひとりの極上御曹司
それは愼哉も同様で、千春を独占し話し続ける緑に腹を立て「俺にも千春と話させろ」と言い合いをするのも恒例となっている。
普段と変わらないそんなやり取りの中にいると、悲しみも小さくなり、その居心地の良さに何度も救われてきた。
両親が生きていれば、自分もこんな風にけんかをしていたのかもしれないと想像し、ちくりと胸は痛めど。
一年で一番悲しいはずのその日は、千春にとっては大好きな二人と過ごせる特別な日でもあるのだ。
そんな時間もきっと、愼哉が結婚すればなくなるのだろう。
おいしい料理を食べられなくなっても、高価な洋服をプレゼントされなくても構わない。
けれど、母親のような緑の愛情、そしてなにより愼哉とともに過ごせる時間が無くなるのはつらい。
千春がそんな思いをめぐらせながら体を丸めていると、不意にソファが沈んだ。
いつの間にか部屋も静かになっている。
もぞもぞと顔を上げると、ピアノを弾いていた愼哉が隣に腰かけていた。
「どうした?」
愼哉は千春の顔にかかった髪を優しく梳きながらくくっと笑った。
顔を近づけ、そのまま額を合わせた。
「体温が高いな。眠いのか?」
頬に愼哉の吐息を感じ、千春は思わず愼哉の胸に両手を置くと、二人の間に距離を取る。
「ね、眠くありません」
あまりにも近くにある愼哉の顔に焦り、上ずった声で答えた。