もうひとりの極上御曹司

「無理しなくていいぞ。昔は俺のピアノを聴きながらよく眠っていたのに」
「あれは、その……。ここに来たらいつも緊張してしまって、愼哉さんのピアノを聴くとホッとしてつい寝てしまったんです」

千春はプイッと顔を背けながら、初めて木島家を訪れた日を思い出した。

結婚記念日のお祝いにと夫婦二人きりで食事に出かけた千春の両親が、横断歩道を渡っているときに飲酒運転の車に轢かれて亡くなったのは、彼女が八歳のときだった。

大勢の人々の中に突然飛び込んできた乗用車から逃げられず、両親は互いをかばうように抱き合い、心肺停止の状態で病院に運び込まれ、その後死亡が確認された。

その事故で七人の命が失われ、十人以上が重軽傷を負った。

事故を起こした運転手も飲食店に激突し意識不明の重体となった。

その事故は世間を騒がせ、マスコミは運転手だけでなく被害者の家族への取材も強行した。

当時千春は八歳、駿平は十八歳。

遺された二人への取材は日々熱を帯び、同情と好奇心が入り混じる報道と世間からの目に、二人は次第に疲弊していった。

両親を失った悲しみの中、家から出ればマスコミからマイクを向けられ、家にいても電話が鳴り続ける毎日は、千春を恐怖の中に押しやり小さな物音にもびくびくするようになってしまった。

駿平は高校三年生で大学受験を控えた大切な時期だったが、勉強どころではなくなり、まずは千春を守り生活を立て直そうと必死だった。

幸い、借金もなく少なからずの蓄えを遺してくれた両親のおかげで当面の生活には困らなかったが、毎日泣きながら駿平にしがみつく千春のことが心配で駿平の心は折れそうだった。

両親ともに一人っ子だったせいで頼れる親戚もおらず、近所の人たちからのサポートを受けながらようやく迎えた四十九日。

その日は朝早くからマスコミが自宅前に集まり騒いでいた。

事故を起こして入院していた運転手が数日前に亡くなり、それに対するコメントを得ようと集まったのだ。

大泣きする千春を抱きしめながら、駿平は恐怖と悔しさ、そして四十九日でさえ落ち着いて迎えられない苦しみと戦っていた。

マスコミの強引さと無恥にうんざりし、どこかに逃げ出したいと、駿平ももう限界だったそのとき。

群れるマスコミを追い払うように駿平たちに会いに来たのが小平青磁だった。




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