もうひとりの極上御曹司

今と変わらないマイペースぶりで千春の心を落ち着かせ、本気でベルギーまで飛ぼうとする緑を青磁は必死でなだめた。

駿平は当初、突然目の前に現れた奇妙な二人を警戒していたが、過去にテレビで見たことがある木島家の奥様と、弁護士としてその名を知られる青磁たち二人から揃って『これからは私たち大人に任せなさい』と言ってもらえ、心底ほっとした。

幼い妹を抱え、どうやって生きて行こうかと不安でたまらなかった駿平が、両親を失って初めて涙を流すことができた瞬間でもあった。

その日木島家に連れて来られた二人は愼哉と悠生にも紹介され、この離れで初めて愼哉のピアノを聴いたのだ。

それから十二年。

駿平は小平法律事務所で弁護士として働き、千春は大学生になった。

「……初めて愼哉さんのピアノを聴いたとき、すぐに眠くなった」

思い返すようにぽつりと呟いた千春に、愼哉は目を細めた。

「そうだったな。最初の十小節くらいはちゃんと目を開けて聴いていたけど、俺が気づいたときにはラグの上で体を丸めて眠ってたな」
「うん。パパとママがいなくなったあと、ずっと家の前にマスコミが張り付いてて怖くて眠れなかったから」
「あのとき、丸一日眠り続けてたよな。疲れていただろうし仕方ないけど、母さんは早く千春にかわいい服を着せたいからって外商を呼んで、千春と駿平先生の服を大量に並べて。千春が目を覚ますのをそわそわしながら待ってたな」

苦笑する愼哉に、千春もくすりと笑った。

「あの日からずっと、緑さんは私のためにたくさん洋服を買ってくれて……本当にありがたいけど、でも」

千春はそこまで言って口ごもる。


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