もうひとりの極上御曹司
「気を使わなくていいぞ。着れないほど大量の服をもらっても迷惑だって……言えるわけないか。千春は母さんが大好きだもんな。考えてみれば、母さんはあの頃からちっとも変わってないよな。千春がかわいいからってなんでも買って、千春を困らせる」
「困らせるなんて、それは違う。緑さんがいなかったら、私も兄さんもマスコミにぼろぼろにされてたと思うし、緑さんは本当のお母さんみたいに優しい」
「本当のお母さん、か。それを聞いたらあの母さんのことだから嬉しくて泣き出すな」
ぽつりと呟いた愼哉に、千春はためらいがちに頷いた。
「両親が亡くなったとき、私はまだ八歳だったから、今は二人のことをはっきりと思い出せないの。顔も声も温もりも……情けないけどおぼろげにしか思い出せなくて。代わりに緑さんの笑顔とか優しい声、それに抱きしめてくれる温かさばかり思い出す。私って、冷たい娘なのかな……亡くなったパパとママ、きっと怒ってる」
千春のか細い声は震えていて、愼哉にはそんな風に実の両親を思う自分を責めているように聞こえた。
愼哉はそっと千春を抱き上げ、自分の膝の上で横抱きにした。
「え、あの、愼哉さんおろして……」
突然膝の上におろされた千春はバランスを崩し、慌てて愼哉の首にしがみついた。
愼哉は千春の背中に両腕を回し、抱きしめた。
「千春のご両親は、怒ってないと思うぞ。駿平先生と千春が寂しがってばかりで人生を台無しにするより、自分たちを大切にしてくれる人と幸せに過ごすほうがよっぽど嬉しいだろう?」
「……うん。頭ではわかってるけど」
「まあ、今千春が抱えている苦しみはきっと、一生消えない。逃げることもできないし悩み続けるんだ」
千春の背中をトントンと優しく叩きながら、愼哉は呟く。
「だから自分を責めるなとは言わないけど、苦しみがゼロになることはないと諦めるしかないんだ」