もうひとりの極上御曹司
「母さんの苦しみは、亡くなった赤ちゃんが女の子でよかったと言われたとき、母さんもそう思ってしまったことなんだ。もちろん子供を失った悲しみは大きかっただろうけど、もしも男の子だったら親戚からの風当たりはますます強くなっただろうと想像して、女の子でよかったと。ついそう思った自分を悔やんで、ずっと苦しんでる。今でも『桃ちゃんごめん』と寝言を口にしながら泣く夜があると……そう話す父さんも苦しんでる」
落ち着いて話す声とは裏腹に、千春の背中に置かれた愼哉の手は微かに震えていた。
そっと見上げれば、その表情からは感情が消え、愼哉もつらいなにかと闘っているように見えた。
千春は愼哉の背中に手を回し、自分よりも大きな体を抱きしめた。
無言のままひたすら抱きしめる千春に、愼哉は苦笑した。
「こうなるんじゃないかと予想してたけど、千春が悲しむことはないんだぞ。誰が同情しても、慰めても、母さんの苦しみは一生消えない。自分で折り合いをつけながら生きていくしかないんだ」
「でも……」
愼哉のきっぱりとした声音に、千春はついに涙をこぼした。
まるで自分に言われたようで切ないのだ。
実の両親の記憶が薄らいでいく中、緑や成市を身内のように慕う自分が切なく、そして苦しい。
両親がかけてくれた愛情を裏切っているようで、後ろめたさを感じるときもある。
駿平はどうなのだろうかと尋ねたこともあるが、両親が亡くなったとき十八歳だったこともあるのだろう、駿平には両親の記憶が鮮明に残っていた。
『父さんと母さんは、いつも同じタイミングで笑ってた。笑いのツボも同じで笑顔も似てたな』
駿平がふと口にした生前の両親の様子を、千春はなにも思い出せなかった。
それに千春は激しく傷つき、実の両親への罪悪感から緑や成市と距離を置こうとしたこともある。
とはいえ、あの緑が千春を放っておくわけもなく、変わらずの溺愛ぶりを発揮し続けているのだが。