もうひとりの極上御曹司
愛情を向けられるたび、千春は実の両親への申し訳なさを感じ複雑な気持ちになる。
それでも緑をはじめとする木島家の人たちが大好きで、つい甘えてしまう。
そんな自分を持て余し、おまけに愼哉への実らぬ恋心も昇華できずにいる。
本当に、苦しい、それでも逃げられない……。
千春は流れる涙を隠すように、愼哉の胸にさらに顔を埋めた。
「千春が亡くなったご両親のことをはっきりと思い出せないのは仕方がない。それに、申し訳ない気持ちになるのもおかしくない」
しがみつく千春の体を抱き直し、愼哉は言い聞かせる。
千春は耳元に届く声に、微かに頷いた。
「千春は一生このことで苦しむ。たとえそんな必要はないとわかっていても、苦しみはゼロにならない。それは、母さんも同じだ」
「そうなの?」
千春のくぐもった声に、愼哉は顔をしかめた。
愼哉もそんなことは望んでいないのだ。
千春がその苦しみから解放されるのなら、どんなことでもしたいと思っているが、それが無理なのは緑を見てきたからよくわかっている。
自分を責める必要などないと理解していても、完全に苦しみから解放されることはないのだ。
最初の子供を亡くしたあと、愼哉と悠生という木島家待望の後継者が産まれたあとも緑が亡くなった赤ちゃんを忘れたことはない。
緑は時おり息子たちの姿の向こう側に、なにかを探す仕草を見せる。
そしてハッと我に返ると、ぎこちない笑顔を作るのだ。
今はいない桃子という娘の成長を想像し、そのたび心の中で謝り続けている。
「父さんからそのことを聞いたあと、どうにかして母さんの気持ちを和らげようとしたけど無理だった。だから、一生解放されることのない苦しみを背負いながらうまく生きるしかないんだ」
「私、一生苦しむの……?」
聞き逃しそうになるほどの千春のか細い声に愼哉は彼女を抱きしめたまま体を揺らした。