もうひとりの極上御曹司

「化粧すらしていない私を心配する男性なんてお兄ちゃんくらいだと思うけど」
「なに言ってるんだよ。すっぴんでそれだけかわいいんだから化粧なんてしてみろ、何人の男に声をかけられるかわかったもんじゃない。外を歩くときには十分気を付けるんだぞ。その重いリュックだっていざというときには武器になる。いいか、おかしな男にからまれたらそれを思い切り振り回すんだぞ」
「振り回すなんて……いつも大げさだよ」
「バカ、大げさすぎるくらいがちょうどいいんだ。千春になにかあったら俺はどうしたらいいんだ」

駿平は顔を真っ赤にしながら千春の両手を強く握った。

恒例のことながらその声は本気で、千春はうんざりする。

心配というより束縛ともいえる愛情は、千春が二十歳を過ぎても尚おさまる気配がない。

「お兄ちゃんが心配するのもわかるけど、今日は講義が長引いただけ。私も遊びに来てるわけじゃないから仕事しなきゃ」

目の前の超兄バカにこれ以上かまっている場合ではない。

千春は心配する駿平を無視して自分の席に着いた。

ひと息つきながら、少し後ろめたさも覚える。

学校を出るのが遅れたのは、講義が長引いたのもあるが、それは毎週のことで慣れている。

いつもならスムーズに校内を走り抜けるのだが、今日は講義中考え込んでいたせいか普段通りのタイミングで動けなかったのだ。

朝のワイドショーで知った木島愼哉の結婚に関するニュースを何度も思い出し、そのたびため息を漏らしていた。

ネットでもそのニュースは大きく取り上げられていて、残念ながらそれは現実だと思い知らされた。

大学から出るのが遅くなっただけでなく、生姜焼き定食を食べ損ねたのもきっと、愼哉の記事が気になっていたからだ。



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