シャボン玉の君に触れる日まで
部長さんがまた、俺の事をニヤニヤしながら見つめて「へえ〜」とわざとらしい声を出す。
「ほら、ちゃんと見なよー。エリが泳ぐのレアだよー」
エリが入ったレーンを見た。
すうっと水に溶けるような蹴伸びは、人一倍遠くまで進み、足を動かして水面に浮かんでくる。
顔を上げ空気を吸い、両手を大きく広げ、また水面下へ入った。
足元の水を割り、また起き上がってくる。
「バタフライだね。本当にエリの泳ぎ方は蝶が舞ってるみたい」
部長さんの言う通りだと思った。
どうしてあんなにも綺麗なのだろう。
それに、一切力を使っているように見えない。
水が勝手に体を持ち上げてくれているような、そんな感じ。
「今年、同じクラスになって、初めてプールの授業でエリの泳ぎを見たの。私、ずっと水泳部だったから、速さには自信があったのに、簡単に負けちゃって、悔しくて。また競いたかったから、仲良くなって部活に入ってもらったの」
そう言うと部長さんは、ガラスにそっと触れ、独り言のように小さな声で呟いた。
「才能って、本当にあるんだね…。もちろん、努力が一番大事ってわかってるけど。……いらないなら、私がその才能欲しかったな」
……わかる。俺も、もっとサッカーの強い才能が欲しかった。
強ければ、こんなことにもならなかったかもしれない。