シャボン玉の君に触れる日まで
「見たような見てないような…。第一、ほとんど届いてなくね?すごい確率じゃん」
風向きが変わり、エリの吹いたシャボン玉が湖に向かって飛んでいく。
ストローから空気の抜ける音、浅い波、まだ少しだけ葉が残っている木々が、音楽を奏でているように思えた。
「そう、すごい確率。だから、それが飛んだら、きっと誰かが元気になれるって思うの。無意味だとしても、もし見てくれた人が、ああ綺麗だなって思ってくれたらそれでいい」
今度はゆっくりと泡に空気を含ませた。
少しずつ大きくなって、風によって飛ばされて、舞い上がって、われる。
生き生きと光に照らされて輝いていたのに、呆気なく消えた。
そうしてまた、同じような新しいシャボン玉が生まれる。
「…俺みたいだ」
エリが吹くのをやめた。
ボトルにストローを戻し、こちらを向く。
「生まれてきて、少しずつ成長して、やっと少し自立したと思ったら、何も残せず簡単に死ぬ。そのうち俺のことなんて、みんな忘れてしまって、新しいものばかり見るんだ」
「違う」
大きくないのに、力強い声がシャボン玉の代わりに飛んできた。
「少し違うよ。確かに、生まれたら死ぬ。
いずれ忘れてしまうのも、一理あるかもしれない。
でも!…シャボン玉はわれる時、霧吹きみたいに液体を落としていくでしょ?
いずれ自分がいなくなったって…目に見えないほどの量だとしても、新しいものに繋がる何かを絶対に残してる。
たとえ忘れられてしまったとしても、きっと心の中に何かが残ってる。その先に繋がる何かが…」