シャボン玉の君に触れる日まで
静かだった。
雲が月から離れるのに、それほど時間はいらなかったらしい。
再び光が降り注ぐ。
一瞬何かが見えた。
月光に反射して、きらりと光る何かが、離れたところにある大きな岩のそばに落ちている。
ゴミかコインか、その辺だろうと思ったが、引き寄せられるように、もう一度立ち上がった。
走ることはできなかった。
重い足を引きずり、一歩一歩前へ進む。
たった百メートルほどの距離なのに、とてつもなく遠く感じた。
やがて、月光を浴びるそれは、姿を現した。
半透明で、薄くて硬い。ギターのピックのような形をしていた。
「…なんだこれ」
拾い上げて見ていると、岩陰で『バシャッ』という水の音が聞こえた。
波が押し寄せる音ではない。
なにかに水がぶつかる音。
「なっ…!」
半透明のものは、俺にこれを知らせるためにあったのかもしれない。
高く結ばれた髪。
色素の薄いくせ毛。
豆粒ほどの小さな花たちがついた髪飾り。
片側だけ赤く腫らした頬。
細くて白い、綺麗な腕。
腰から下が黒い湖に浸かった、俺の大切な人がそこに倒れていた。