シャボン玉の君に触れる日まで
彼女はゆっくり首を縦に動かした。
なぜ気付かなかったのだろう。
おかしな点なんて、いくらでもあったのに。
俺は自分のことに精一杯で、何一つ気付かなかったんだ。
「人魚はね、水の中で泳ぐから人より力が強いの。冷たい水に耐えられるから、寒さにも強い。
だから聖夜くんに出会った日も、コートの下は半袖だったんだよ。
それにね、もう一つ。人魚にしかないものがあるんだ」
この際全部打ち明けよう、というエリの気持ちが伝わってきた。
「聖夜くんは、叶えたくても叶えられない願いはある?努力じゃどうしようもない、変えられない運命とか」
多分、わかっていて聞いてるのだろう。
俺は自分の手を見つめた。
「…大人になること」
すぐに出てきた。
俺の命は、もうあと少ししかない。
これが、生きる時間の最期なんだ。
「そっか…。そうだよね。じゃあ、聖夜くんが手に持ってるもの、何かわかる?」
エリは半透明のものを指さした。これは、エリの体を覆っているものと同じ。
「ウロコ…とか?」
「そう。人魚には、どんな願いも叶えられる力があるの。ウロコを剥がした時、自分の願いを言うんだ。『聖夜くんを目覚めさせて』とかね」
「それじゃあ俺が目覚めたのって…」
そうか、だから目覚めることができたんだ。
エリが、俺に時間をくれたんだ。
もしかすると、あのまま死んでいたかもしれない。
エリの腫れた頬を見て、夢かと思ったあの世界は、現実だったのだとわかった。