シャボン玉の君に触れる日まで

「…私が願った。でもね…人魚は魔法使いとは違う。ウロコはまた生えてくるよ。でもね…願ったことと同じ値の寿命が削られるんだ」


エリは、結んでいた髪を解き、藤の花の髪飾りを手に取った。

「人間になりたいと願ったら、その分ごっそり寿命が縮む。
だから私は、深夜零時まで人間の姿になるように、毎日願った。
人気のない夜の時間は、元の姿に戻って湖で夜を明かすようにした。
でも、修学旅行の日なんかは、三日間人間にして、とか願って…」

風が俺の言葉を奪った。

何も言えなかった。

ただ聞いていることしかできない自分が、情けなかった。

「毎日毎日、寿命を犠牲にしてまで人間だと偽って生きてきた。
ここは…生きづらい世界だから。
人間だけが、何不自由なく暮らして、人間のためだけに森林を奪ったり、海や川にゴミを捨てたり。
ずっとずっと、許せなかった。
人間も、人魚に生まれてしまった自分も」

彼女が握りしめている藤の飾りに力がこもるのがわかった。

人間に生まれていれば、自ら寿命を削ることなく生きられただろう。

もし、人魚の存在が人間に受け入れられ、共存できる社会ならば、人間の姿にならなくてもよかっただろう。

彼女は、生き辛いこの世界で上手く生きるために人間になりすまし、寿命を削って、大切な家族までも亡くしたんだ。

この世界が他の生き物のことをもっとよく考えていれば、こんな思いをする者はいなかったかもしれない。

彼女は、湖の方に顔を向けた。
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