シャボン玉の君に触れる日まで
「お母さんとお父さんの最期の願いは、『人間の姿で死ぬ』だった。
でも…私がそう願わずに、死んでしまったら、人の記憶から消えるために私の体はどうなるんだろうね」
寂しそうな表情の彼女が、自分のウロコに触れた。
金属が擦れるようなパキンという音が聞こえる。
力のない俺は、その行動を止めるために手を伸ばすことしかできなかった。
「聖夜くんが大人になって、幸せな人生を送れますように」
吹き荒れていた風よりも、さらに強い風が、エリから生まれた。
シューッと炭酸が抜けるように、剥がれたウロコの部分から小さな泡が…いくつものシャボン玉が、空に向かって飛んでいく。
「人魚姫って、海の泡になるって本で読んだことがあるけど…ただの人魚はシャボン玉になるんだね…」
死期を悟った俺と同じ顔つきだった。
呑気に自分が死ぬことを受け入れて、残された人の気持ちなんてわからないんだ。
「嫌だ!!俺はエリがいるから生きたいと思ったんだよ!
お前がいない世界で、どうやって生きていけばいいって言うんだよ!
なんで俺のためなんかに自分の尊い命を犠牲にするんだよ!!」
どうしても受け入れられなかった。
目の前で、俺にとって大切な人が、シャボン玉となって空にのぼっていくことが。
俺は、シャボン玉を彼女のもとに戻そうと、無我夢中で手を動かす。
でも、なぜかそれは、俺の事を弾くようにするりと避け、一切触れることができなかった。