シャボン玉の君に触れる日まで

「な…んで…」

ゆっくりと起き上がって座り、体を固く締めながら、闇の中のシルエットでしかわからない女を睨みつけた。

「なんで…なんで邪魔すんだよ!!」

助けてもらったなんて思えない。死にたかったのに。やっと安心出来ると思ったのに。

そんな思いが巡って、ああ、まだ生きているんだな、と思ってしまった。

「死にたいの…?」

何も知らない女は、小さく波に紛れて聞いてきた。

「…そうだよ」

それ以外なにがあって、こんな真冬の真夜中にここに来る必要があるんだ。

もう一度誰かと話すことになるなんて思わなかった。

こいつは警察か、自殺防止屋か何かか?何も知らないくせに、止めないでくれよ。

何も…知らないくせに…。

「…いつ死んでもおかしくないってさ……」

気付けば口が動いていた。

ああ、俺は顔も名前もわからん奴に、知って欲しいのか。

馬鹿だな俺は。そんなことしたって、こんな痛み、俺にしかわかんねぇのに。

「寝てる間に脳の機能が停止して、知らない間にぽっくりだってよ…。
その方が痛み無く死ねるって思ってる奴いるかもしれねぇけど…。
けど俺は……明日があると思って生きるのは怖い。いつ明日が来なくなるのか、わからないのが怖い…」

言ったところで何も変わらない言葉たちが溢れ出た。

死ぬんだって。何回聞かされたんだろう。『死ぬ』なんて言葉、昔は気軽に口にしていたのに。

人はいつしか死ぬなんてこと、わかってるくせに。

一度開けてしまった心の扉は、もう元にはもどらなくて、ポロポロと溢れ出る。

頬に流れた生暖かい雫を、砂のついた手で擦った。

誰も何も言わない、静かで冷たい空間。

俺の嗚咽だけが、波と風と一緒に流れ、広がって消える。

星はまだ、瞬いていた。

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