シャボン玉の君に触れる日まで
「私は病気じゃないよ。でも君と同じ痛みを知ってる。
知ってるけど、例え自分が早死する運命だとしても、自ら死を選択することはないよ。
だって私は生きたいから。それも本当は同じなんでしょ?」
一気に口にした彼女の言葉とほぼ同時に、波に乗ってスリッパが片方返ってきた。
だから同じじゃないって。同じじゃない…お前と俺じゃあ全然違うんだよ…。
でも…。思い残すことなんて『ない』とは言えない自分がいた。
木々がさらさらと風に揺られている。
今はもう、俺を急かす声は聞こえない。毛先から雫が飛んでいった。
「生きている限り、死は必ずやってくるよ。どれほど長く生きられようと、どんな生き物でも。それでも私たちが生きているのはね、誰かに生かされているからだよ」
周りに流れる冷たい風と同様、自然と、あっさりと、心の奥に染み込んできた。
生かされている…か。
そうか。へぇ。こんな状態の俺でも、生かされてるんだ。
不思議と納得してしまった。まるで他人事のように。
隣に座る謎の女は、スっと立ち上がり、長いスカートについたらしい砂を軽く払って、俺に手を伸ばした。
「病院に帰ろ?寒いでしょう?」
俺は伸ばされた手を無視して立ち上がった。おぼつかない足取りで病院へと向かう。
どうして自分がこんなことをしているのか、正直わからなかった。
死にたかった俺は今、生きるために病院に戻っているのだ。
彼女も何も言わずについてくる。
湖へ繋がる小道を、今度は裸足で歩いた。
五分もしないうちに、木々と垣根に囲まれた病院が見えてくる。
案の定、夜勤の看護師さんが血相を変えて走り回っている様子がガラス越しに見えた。
思わず背の低い垣根に隠れる。後ろの彼女も、同じく体を小さくして寄ってきた。
「今度、コート取りに行くね」
電灯に照らされてやっと姿の見えた彼女は、片方しかないスリッパを俺に渡し、病院裏の道へ駆けて行く。
白い腕が、淡い光を放っているように見えた。