桜の下で会いましょう
橘文弘が、左大臣家から目線を反らした時だ。

依楼葉は、佐島に目配せをした。

すると佐島は、庭の奥に一人の年老いた女性を連れて来た。

「おまえは……」

一番最初に気づいたのは、隼也だった。

「さちではないか。」

廊下に出て、手を差し伸べた。

「若様。ご立派な公家におなりで。」

年老いたさちと言う女は、何度も何度も、隼也の手を摩った。


「秋の中納言殿、その者は?」

一番最初に不愉快な顔を見せたのは、橘文弘だった。

「私の乳母です。母と幼い私を、世話してくれた者です。」

それを聞いて、藤原照明も立ち上がった。

わずか数か月しか通わなかった姫の世話人でも、面影は覚えている。

そしてその乳母のさちは、藤原照明を見て、急に恐れおののいた。


「旦那様!」

額を土につけるほど、頭を下げて謝っている。

「お、お許し下さい。」

照明と隼矢は、お互い顔を見合わせた。
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