桜の下で会いましょう
「お許し下さい。」

藤原崇文が、簡単に頭を下げたのを見て、周りは笑いに包まれた。

「どうであろう。これに返す歌は。のう、秋の中納言殿。」

橘厚弘が、隼也に体を向けた。

「そうですね。これは如何でしょう。」


秋の野に 道もまどひぬまつ虫の
声する方に 宿やからまし
(秋の野を逍遥するうちに日が暮れ、道も分からなくなってしまった。「待つ」という名の松虫の声がする方に宿を借りようか。)


「なるほど。”まつ虫の音ねぞ かなしかりける”を引用したのですね。」

「これは面白い。」

益々、隼也の名声は、上がるばかりだった。

これは、橘厚弘の気遣いだった。

だが橘厚弘も、王族出身として、負ける訳にはいかない。


「次は、私に詠ませて下さい。」

秋萩の下 葉色づく今よりや
ひとりある人の いねがてにする
(萩の下葉が色づく今頃の季節から、独りでいる人は寝付けずに夜を過ごすのか。)
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