桜の下で会いましょう
恋せじと みたらし川に せしみそぎ
神はうけずぞ なりにけらしも

(恋はするまいと御手洗川にした禊だったが、結局神は受け入れて下さらなかった。)


依楼葉はハッとした。

この声は……夏の右大将だ。

しかも謳われたのは、恋の歌だ。

依楼葉は目を閉じると、静かに歌を詠んだ。


花がたみ 目ならぶ人の あまたあれば
忘られぬらむ 数ならぬ身は

(花籠の網目がびっしり並んでいるように、あなたには目移りするお相手がたくさんいるので、私のように数にも入らない身は忘れられてしまうだろう。)


橘厚弘は、その歌を聞いて可笑しくなってきた。

「ははは……」

自分に恋しい人がいる事を隠し、気持ちに応えられない事を、相手にしようとしているのだ。

「面白い方だ。」

更に橘厚弘は、一歩前に出た。


逢ふことは かたわれ月の 雲隠れ
おぼろげにやは 人の恋しき

(逢うと言う事は、雲に隠れた半月のように朧気な気持ちで、あなたに恋していないと言う事だ。)
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