桜の下で会いましょう
「その肩の傷は……」

厚弘が尋ねると、依楼葉は後ろを向いた。

「お戻りください。」

「しかし……その傷……」

「行って下さい!」

依楼葉の切羽詰まった言葉に、厚弘は依楼葉をそのままにして、立ち上がった。


御簾を出る時、厚弘はもう一度だけ、依楼葉を見た。

肩を手で隠し、茫然としている。

余程見られたくない傷だったに、違いない。


「すまなかった。わざとではないのだ。」

「……知っています。」

最後に依楼葉は、口をきいてくれた。

「また来ます。」

依楼葉は、驚いて厚弘の方を向いた。

「傷一つ見て、消え去るような恋心であれば、尚侍の壺など訪れはしないでしょう。」

依楼葉の胸は、苦しくなった。


本当に夏の右大将は、自分の事を恋慕ってくれているのだ。

だが、その気持ちに応える事はできない。

自分の心の中には、帝がいるのだから。
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