神志名社長と同居生活はじめました
中城さんの表情は、口元は笑ったままなのに、瞳は一切笑っていなくて、何だか怖い。


じゃあね、と言って私を横切ってその場を立ち去ろうとする中城さんを、ほぼ反射的に「待ってください」と引き止めた。


引き止められることが分かっていたのか、彼は余裕そうな笑みを浮かべて私に振り返った。



「今の、どういう意味ですか……?」

「そのままの意味だよ。付き合っていたって、結婚出来る訳じゃあるまいし」

「え……?」

「知らないの? 雪人には婚約者がいるんだよ」


婚……約者?

予想もしていなかった言葉に、頭の中が真っ白になりそうになる。



「あ、二股掛けられてることが分かってショック受けちゃった?」

「しゃ、社長は二股掛けるような人じゃありません。きっと何か理由が……」

「それは君がそう思ってるだけでしょ?」


中城さん……もっと温かで穏やかな雰囲気の人だと思っていたけれど、瞳も声も、どこまでも冷たい。


それでも。私が信じたいのは中城さんの言葉じゃない。社長の言葉だ。



「……私、今度ちゃんと社長と話してみます。引き止めてしまい、申し訳ありませんでした」

頭を下げてそう言うと、中城さんは無言で立ち去った。 


……大丈夫。社長が今までにくれた優しさも、笑顔も、そして観覧車でのキスとプロポーズも――きっと嘘なんかじゃない。
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