愛は貫くためにある
「よお、ファッション界のプリンス」
外から開けられるはずもない窓が、勢いよく開いた。
守が目を丸くして窓の方を見ると、そこには金髪の青年がいた。
「不法侵入で通報するぞ」
「ま、そう怒るなって。美優がいなくなって寂しそうだから来てやったんだろ」
「は…?」
守は、開いた窓のさんに両足を乗せてしゃがみこむ奇妙な金髪男を睨んだ。
「美優は俺が預かった」
「なんだと…?」
守は窓側に近づいた。
「美優は俺がたーっぷり可愛がってるから、安心しろ」
守は眉間に皺をよせ、男の胸ぐらを掴んだ。
「みーちゃんはどこにいる!」
「俺がみすみす、姫の居所を教えると思うか?」
「みーちゃんを返せ」
「返してほしいなら、自分で探すんだな。お前が苦しむのを見るのは、何より楽しい」
くくっ、と喉を鳴らした星哉は余裕の表情だった。
「美優にお前の様子でも教えてやろう」
そう言って去ろうとした男に、守は叫んだ。
「ストーカーめ。これ以上みーちゃんを傷つけたら許さない」
「美優を苦しめてるのはお前だろう?濡れ衣を着せられた美優を追い出したのは、お前だ。お前が美優を追い詰めた」
「なぜ、そのことを知っている?お前は誰なんだ、一体」
星哉は呆れ顔で言った。
「お前も覚えてないのか。仕方ねえな…一つだけ教えてやろう。
キユウの問題児が、十五年間美優をストーキングしている。それが、俺」
「キユウの問題児…?どういう意味だ?」
「もうヒントは無しな。まあ、せいぜいもがき苦しめよ。じゃあな」
星哉は守を見下すように目を吊り上げ、
足を乗せていた窓のさんから飛び降り、去っていった。
「待て…!」
守が身を乗り出して下を見た時には、星哉の姿はなかった。
外からの冷たい空気だけが、守の髪を揺らした。



この先、どんな卑怯な罠が仕掛けられているかはわからない。
しかし、絶対に負けないという自信はある。
「ちょっと待ってください!一体、何のことですか?」
打ち合わせが始まって間もなく、守は勢いよく立ち上がった。
「ああ、説明していなかったっけ?守さんそっくりの、プランナーがいてね。
今、飛ぶ鳥を落とす勢いなんだよ」
スタッフが笑いながら言った。
「僕そっくりの、プランナー?」
プランナーというのは、ファッションショープランナ―の略で、
デザイナーなどから依頼を受けてファッションショーの手配や演出を行う仕事である。
「SEIYAさんっていうんだけどね」
「その人と、戦えと?」
「守さん、目が怖いよ。まあまあ、これはSEIYAさんの提案でね。
通常は有り得ないことなんだけど、面白そうな企画だって社長が乗り気でさあ」
「僕はこんなの、認めませんよ。いくら社長がこの企画を気に入ったって、
前代未聞ですよ、これは」
「いやあ、でもねえ。もう決まったことだし」
「嫌ならいいんだぜ?不戦勝ってことで、俺の勝利になるからな」
聞き覚えのあるに振り向くと、そ子には金髪の青年が立っていた。
「あ、SEIYAさん!紹介します。こちらは…」
「紹介しなくても、こいつとは知り合いだからそういうのいらねー」
「そうなんですか?守さん」
スタッフは驚いて守とSEIYAをかわるがわる見た。
「ええ、知り合いです。馴染みの喫茶店でよく会うんですよね」
「それなら話は早い。守さん、是非SEIYAさんとファッションショー対決を!」
「好きですね、競争」
「だって、毎日同じことの繰り返しじゃつまらんでしょう」
スタッフは守の肩を叩いた。
「…僕は、平凡でも、毎日同じことの繰り返しでもいい。穏やかな日常を、取り戻したい」
「守さん?打ち合わせ始めますよ~!」
スタッフとSEIYAは、既にテーブルの席についていた。
渋々椅子に座った守に、SEIYAは興味津々に尋ねた。
「で?どうすんだよ。俺と戦わずして、何が得られる?」
「ふざけんな。誰がお前と戦わないと言った?」
「えっ?守さん、さっき認めないって」
スタッフが目を丸くして言うと、守はスタッフを睨みつけた。
「僕はやりますよ。こんな、顔がそっくりな奴に負けてたまるか」
「へえ?気が変わるの、早いな。まあいいや。面白くなってきそうだ」
「お前の思い通りにはさせないからな、覚えとけ」
「それはこっちの台詞なんだけど?」
SEIYAは守の席に近付き、テーブルに左手をついた。
「楽しみだなあ、守」
「僕も、負ける気はしないよ」
ばちばちと二人の間に、火花が散る。
守とSEIYAの長い睨み合いに、他のスタッフたちは慌てふためくばかりだった。
「俺と勝負だ。美優を賭けてな」
小声で、SEIYAは守に挑戦状をたたきつけた。
「ああ、望むところだ」
守はSEIYAの胸ぐらを掴んだ手に力を込めた。
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