愛は貫くためにある
「あんたね、何やってんのよ?子供?」
ばん、と亜里紗がテーブルを叩いた。
「ほんっと、馬鹿よねえ。川橋のお坊ちゃまも、あんたのどこが好きになったんだか。亜里紗の気も知らないで」
萎縮する麗奈を見て、母親である亜美奈は深く溜息をついた。
「なんとか言ったらどうなの?」
亜里紗の高圧的な態度に、麗奈は声を振り絞るようにして言った。
「わ、私は…つい」
「つい?勉さまと、つい?つい、どうしたって?」
「そ、それは…」
「早く勉さまの機嫌を直しなさいよ?できなかったらどうなるか、わかってるわよね?」
「頑張ります…」
「はあ?頑張りますじゃなくて、機嫌を直してみせます、でしょ?」
亜里紗は最近不機嫌で、何かと麗奈を責める。その原因は、たったひとつだ。勉に想いを寄せる亜里紗は、勉が麗奈を選んだことに苛立っているのだ。
「…直して、みせます」
その麗奈の言葉を聞くなり、亜里紗の顔色は変わり、
「…ふふっ、麗奈は良い子ね」
と、麗奈の頭を亜里紗は撫でた。
「勉くんの機嫌を直して貰わないと困る。こっちの仕事にも支障が出るんだぞ。全く、麗奈は小さい頃からいつもいつもそうやってトラブルを起こす。どれだけ私達を困らせたら気が済むんだ。いい加減にしてくれ」
父親の彰人は眉間に皺を寄せた。
「だが、役立たずの麗奈も使いようだな。勉くんに気に入られているようだから、この調子で勉くんの心を鷲掴みにしなさい。どんなことをしてでもな」
麗奈は、悲しくて涙が零れそうになった。誰も自分のことなど見てはくれないし、必要とさえしてくれない。家族として、家族の一員としてさえ見てくれない辛さは、今まで嫌という程思い知らされてきた。自分は、人間ではなく道具だと。そんなふうに扱われるのが辛くて悲しくて、悔しかった。


夜は、あっという間にやってきた。
なかなか眠れなかった麗奈は、静かに部屋を出て1階へと続く螺旋階段の上に腰をかけた。

溜息がでる。麗奈は、最近勉と喧嘩してからというもの、一度も会っていないのだ。どんな顔で勉に会えばいいのかと麗奈が悩んでいると、視界に飛び込んできたのは1階の屋敷の入口付近の壁にもたれて眠っている、川橋勉その人だった。

(えっ、勉さん…?どうして?)

夜風が、ドアの隙間から入り込んでくる。夜風はまだ、冷たい。

(このままじゃ…勉さんのお体に差し障りが出てしまうかもしれない…)

麗奈は急いで部屋に戻り、暖かい毛布を取って部屋を出た。勉は微動だにせず、ぐっすりと眠っていた。麗奈は勉を起こさないよう、静かに階段を降りて、勉の目の前にしゃがみ込んだ。

(勉さん、もしかしてずっとここに…?)

麗奈は、毛布をそっと勉の肩にかけて、勉を毛布でくるんだ。

(もしそうだとしたら、いつから?それに、どうして…)

体を壊さなければいいのだけれど、と思いながら、麗奈は勉から離れて部屋に戻ろうと立ち上がった。
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