愛は貫くためにある
「麗奈ちゃん、麗奈ちゃん」
智和は、自分の肩に寄りかかって離れない麗奈に何度も声をかけるが、起きる気配は全くない。
「…ったく、困ったな」
これじゃあ動けない、と智和はぼやくと、周りからこそこそと声が聞こえてきた。
「この娘が総長のお気に入りか…可愛いっすね」
「純情そうだな。お人形さんみたいだ」
「けど、総長の女がこんなんでいいんすか?こんな弱々しいしそうな純情な娘じゃ、総長の女は務まらないっすよ。もっと美人で愛嬌のある女じゃねえと。女はいわば、総長がどれほどの力を持っているかを示す、武器みたいなもんすよ。それがこんな…美人には程遠い…」
「…ざけんな、雄平!」
冷たく怒りの篭もった声が室内に響いた。智和は麗奈をソファーにそっと寝かし、冷えてはいけないと思い自分の上着を麗奈の体にかけた。智和は雄平を睨みつけ、ソファーから離れて雄平の前に立ち塞がった。
「お前、何言ってるか分かってんのか?」
「分かってるっすよ、総長」
雄平は悪びれもせずに言った。
「俺が連れてきた女に文句つける気か」
「俺は、総長のために言ってるんすよ。ひいては組の繁栄のため」
雄平は智和の睨みに怯みもしなかった。
「俺は本気で好きな女を連れてきたんだ。それの何がいけない?」
「総長の女は、重要なんすよ?どんな女かで、周りからどう見られるかが変わってくる。それは総長もご存知じゃないっすか」
「反対なのか」
「もっと良い奴がいますよ」
雄平はにやりと笑った。
「トモくん」
雄平の後ろから顔を出した華奢な女性に、智和は驚いた。
「園華(そのか)?」
「とーもくんっ」
智和は驚いて園華を受け止めた。
「お、おい…やめろって」
「どうして?良いでしょ?」
「だめだって」
「ん〜、トモくん?トモ、く…」
麗奈が眠そうにソファーから身を起こし、智和の声のする方を見た。運悪く智和と園華が抱き合っているところを、麗奈は見てしまった。
「え…トモくん…?」
麗奈は口が震えて言葉がなかなか出せないようだった。
「こーんにちは、私はトモくんの許婚よ」
「おい、園華やめろ」
「だって本当のことでしょ?」
「いや…それは…」
智和の目が泳いだ。
「どういう、こと…?」
麗奈は震える声で言った。
「トモくんは私の許婚なの」
園華は嬉しそうに麗奈に駆け寄って言った。
「組長が決めた許婚だから、変更はできねーよ」
雄平が追い打ちをかけるように言った。
「知らなかった…」
「そんなことは知らなくていい!麗奈ちゃんは何も考えず、俺の傍にいればそれでいいんだ」
「許婚がいたなんて…」
「麗奈ちゃん、信じてくれ。俺が好きなのは、麗奈ちゃんだけだ」
智和は麗奈に近づき、抱きしめた。
「嘘…嘘」
「嘘じゃない」
「トモくんに会わなきゃ良かったのかな…」
「麗奈ちゃん…!」
智和は身を離して麗奈の肩を掴んだ。
「そしたら、トモくんを好きになることもなかっただろうし…。何だが私だけがトモくんを好きみたい。一方通行ね」
「そんなことない…俺は麗奈ちゃんのことが」
「こんなことになるなら
勉さんと夫婦になればよかったのかも」
麗奈の口からそんな言葉が出てくるとは、智和は予想だにしていなかった。
「は?どういう意味?」
雄平が首を傾げた。
「麗奈ちゃん、親が決めた婚約者と結婚するはずだったんだ。でも、俺が攫(さら)ってきた」
「攫ってきた?」
雄平は麗奈をちらりと見た。
「ああ。麗奈ちゃんもそれを望んでた」
智和は天井を見上げた。
「園華がししゃり出たくらいでそんな弱音吐く女なんて、総長には相応しくないし、必要ない。その程度の覚悟なら、さっさと出ていけ」
雄平の言葉に、麗奈は泣き出してしまった。
「雄平、いい加減にしろ」
「純粋だけじゃ、やってけないんだよこの世界は。あんたみたいな無口なお人形さんが来るとこじゃねーんだよ。大人しく婚約者さんと夫婦になれば良かったものを」
『無口なお人形さん』という雄平の言葉に、智和は怒りを抑えきれなくなり、雄平の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけんな!俺の麗奈ちゃんを傷つける奴は許さん!」
「総長が夢中になる理由がわかんないっすよ。なんでこんな娘が…」
「雄平、お前な…」
智和は雄平を殴ろうとしたが、智和の拳は見事に交わされた。
「総長らしくないっすよ。今の攻撃も、この娘に夢中になるのも」
「俺らの人生の邪魔をするな」
智和はしゃがみこんで俯く麗奈の元へ歩み寄り、手を握った。しかし、麗奈は涙をぼろぼろと零しながら智和の手を振り払い、走り去った。
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