愛は貫くためにある

(誰だろう…おきゃく、さま?)

麗蘭は息を潜めてその客を階段の上から見ていた。私より少し年上かな、と麗蘭は思った。派手なその格好は誰もが振り向くほどの煌びやかさだ。
特にアクセサリーがきらきらと眩しく光っている。

「あ!麗蘭ちゃん」
美優が麗蘭を見て人懐っこい笑顔を向け、麗蘭のところへ走った。
麗蘭は怯えていた。
この人は、一体誰なんだろうかと。
「あっ、私は星川美優。ここのカフェで働く店員よ。よろしくね」
美優が差し出した手をおずおずと握った麗蘭は、美優の手の温かさにほっとした。
「わたしは…天野 麗蘭です。よろしくお願いします」
麗蘭はぺこりと頭を下げた。

「へえー、麗蘭ちゃん、か」
その客は、独り言のように呟いた。
麗蘭にだけは聞こえていなかったようだ。
「ほらほら、来て!」
美優が麗蘭の手を引っ張ってゆっくりと下へ降りてきた。麗蘭は遠慮したけれど美優に勝てるはずもなく下まで降りてしまった。
「あ、あの…」
戸惑う麗蘭をよそに、美優は桃と春彦が立つカウンターへと麗蘭を案内した。
「ここがカウンターよ。ここでお客様の相手をしたりするの」
「お客様の、あいて…」
麗蘭の目が泳いだ。やはり、怯えている。すると、赤髪の青年が急に立ち上がった。麗蘭は驚いて青年を見た。
「僕の相手、してもらえるかな?」
麗蘭はぶるぶると体を震わせた。

(怖いよ…怖い…)

麗蘭は怖くて、カウンターを思わず掴んだ。カウンターを掴んだその手は、震えていた。

「…っ!」

青年は麗蘭の手に自分の手を重ねた後、麗蘭の手をゆっくりと撫でた。
「ごめんね?…怖がらせてしまったみたいだね。そんなつもりは、なかったんだけどな…」
青年は申し訳なさそうに左手で髪をかきあげながら言った。
「僕は…佐久間 和哉。この店には何回か来ているんだ。よろしくね」
佐久間は麗蘭から手を離し、麗蘭の目の前に手を差し出した。
麗蘭はまだ怖いらしく、なかなか握手に応じようとしない。
「んー…参ったな…嫌われ、ちゃったかな」
佐久間は苦笑した。
「こんな急に言われても困るよね。ごめんね」
麗蘭は俯いたままだ。埒が明かないと思ったのか、佐久間は財布を出した。
「桃さん、勘定お願いします」
「はい、わかりました」
勘定を終えたあと、しばらく佐久間は麗蘭を見つめていたが、下ばかりを向いている麗蘭に声をかけた。
「麗蘭ちゃん、だよね」
「…!」
「何も、とって食おうってわけじゃないんだ。僕はただ、君に話し相手になってもらいたい。それだけなんだよ。その…仲良くなれたらなあって」
麗蘭は、やっと佐久間の顔を見た。
「おっ、僕のこと見てくれた。嬉しいな」
それを聞いた麗蘭はすぐに視線を逸らしてしまった。
「んー、…やっぱ、僕のことは嫌いかな」
佐久間は寂しげに笑った。
「そりゃそうだよな。こんな格好してる男なんて、ろくでもないとでも思ってるんだろうな」
春彦が麗蘭の背を押し、佐久間の近くへと行かせた。
「今度来た時、話し相手になってほしいなー、なんて。もし嫌なら言って?無理強いはしないから。なんか、ごめんね、怖がらせて…」
佐久間は、ドアを開けた。
「美味しかったです。また来ます」
「ありがとうございました!」
美優が笑顔で佐久間を見送った。


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