愛は貫くためにある
和哉が莉子と理沙子とカフェ・テリーヌを訪れてからというもの、麗蘭は部屋に篭もりっきりになってしまった。
食欲もなく、元気もない。
何をするでもなく部屋のベッドで眠る毎日。桃と春彦は、そんな麗蘭を心配していた。

「桃さん、春彦さん!来ました!」
和哉は笑顔でカフェ・テリーヌへ入ってくるが、周りを見渡しても麗蘭の姿は見えない。
「あの、麗蘭ちゃんは」
「…引きこもったままだ」
「引きこもった、まま…」
「あれからずっとね」
「…そう、ですか」
和哉は悩ましげに椅子に座った。
いつものカウンターの席だ。
「今日は、会えますか?麗蘭ちゃんに」
「呼んでくるな」
春彦が階段を登ろうとすると、麗蘭がでてきた。春彦を見て、下へ降りてきた麗蘭は驚いた。
「えっ…佐久間さん…」
「や、やあ。あの…」
和哉は走って、麗蘭の両手をしっかりと優しく握った。
「こっち来て」
和哉は、麗蘭の手を引きカウンター席に座った。
「麗蘭ちゃん、これ」
俯いていた麗蘭に、和哉がスケッチブックを手渡した。
「えっ?」
「いや、その…この前、見せたくて持ってきたんだけどね」
麗蘭がスケッチブックを受け取らなかったので、和哉は更に麗蘭の目の前にスケッチブックを突きつけた。
「お願い。見て」
麗蘭は、和哉が差し出したスケッチブックを手に取った。

麗蘭が、表紙を捲って一枚目の絵を見た。しかし、なんの反応も無い。
次々とページを捲っていく麗蘭を見て、溜息が漏れた。
「ちゃんと見てる?そんなにぱらぱらと見て」
和哉がそう言うと、麗蘭は全部のページを見終わらないうちに佐久間にスケッチブックを突き返した。
「すごいと思います。佐久間さんは」
麗蘭は膝の上に手を乗せた。
「佐久間さんは、才能があってこんなに素晴らしい絵をかける画家さんで、かっこよくて頭も良くて素敵な方です」
「えっ…」
和哉は、麗蘭の口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。麗蘭がそんなふうに思ってくれていたというのを、和哉は初めて知った。
嬉しいな、と和哉は思った。

「でも」
「でも?」
和哉が聞き返した。
「佐久間さんは、わたしに関わらない方がいいんです」
「なんだよ、それ」
「佐久間さんは…佐久間さんには素敵な方がいらっしゃいます」
「いないよ、そんな人。僕は麗蘭ちゃんと…」
「そんな優しいこと、言わないでください。佐久間さんは優しいからわたしとお話してくださいましたけど…」
「そんなことないよ。麗蘭ちゃんと話してるとすごく楽しいんだ」
「佐久間さんは、雲の上の人だから」
麗蘭は寂しそうに笑って、二階へと向かった。



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