愛は貫くためにある
帰宅した和哉は、部屋に入って机に向かった。しかし、カフェ・テリーヌでのことが頭から離れない。

「佐久間さんは、雲の上の人だから」

麗蘭がそう悲しい顔をしていた姿を見て、どうにか仲直りはできないものかと悩んでいた。
「和哉、入ってもいい?」
理沙子がドアから顔を出した。
「ああ、姉さん。いいよ」
「で?どうなの、麗蘭ちゃん?だっけ」
「ああ、うん」
「なに?なんかあった?」
「麗蘭ちゃんに、もう関わらない方がいいって言われた」
「え?なんでよ」
「わかんない」
「うーん、どうしたのかしらね」
「せっかく、麗蘭ちゃんに絵を見せたのに」
理沙子は首を傾げた。
「なに?突き返された?」
「うん。突き返されたし、あまり見てもらえなかった」
「あらら」
「それに…感想もあまり言ってくれなくて」
和哉は、机に置いたスケッチブックのページを捲った。
「姉さん、どうかな?僕の絵は、麗蘭ちゃんには…届かないのかな」
「届いてると思うわよ。和哉の絵は最上級だもの」
理沙子はにやりと笑った。


「どうすればいいのかな」
「絵を書いてプレゼントしたら?」
「プレゼント?」
「うん。麗蘭ちゃんの絵を書くとか」
「麗蘭ちゃんの、絵…」
和哉は、麗蘭を思い浮かべた。
優しく微笑む麗蘭の顔が、和哉の頭には浮かんだ。
「どんな表情でもいいと思う。麗蘭ちゃんの絵を書いてみたらどうかな」
「…うん、書いてみる」
和哉は真っ白なページに、麗蘭の絵を少しずつ書いていった。



「あなたが、麗蘭さんね?」
たまたま外出していた麗蘭は、背の高い茶色の髪をした綺麗な女性に声をかけられた。
「あの、あなたは?」
「和哉さんの知り合いの、麗華と申します」
「麗華、さん」
「和哉さんは、ゆくゆくは私の婚約者になる人なの」
「え……」
麗蘭は、目の前が真っ暗になった。
「和哉さんとは、前から縁談が持ち上がっていて、やっと進んだのよ。やっと、私に振り向いてくれて」
だからね、と麗華は言った。
「もう、和哉さんに会うのやめてくれる?和哉さんは、将来の私の旦那様。そんな和哉さんを乱すのはやめてくださる?」
麗蘭は言葉すらも出ない様子で、目を見開いていた。
「あらまあ、返事も出来ないの?」
「すみませんでした。私、知らなくて」
「あらそう。それに、あなたと会ってからというもの仕事に身が入らなくなって、仕事でもミスしたり上手くいかなくなったりしてるのよ?」
「えっ」
麗蘭は、小さく声を上げた。
そんなこと知らなかった、と麗蘭は思った。
「あなたのせいなのよ。あなたに会ってからなんだから。最初はすごく楽しそうで仕事にも精が入ってたから、何も言わなかったけど、あなたとすれ違ってしまって、仕事も良い結果を出せなくて」
麗蘭のせいで、佐久間の調子が狂ったのだと、麗華は麗蘭を責め立てた。
「それに、あなたのためにって、仕事よりもあなたのために絵を書いてるのよ。仕事をほったらかして」
「そ、そんな」
「本当のことなんだから」
麗蘭は、和哉の目にうっすらとクマができていたのを知っていたが、仕事が忙しいものだとばかり思っていた。けれど、その原因は自分なんだと悟った。
「和哉さんはね。あなたの塗り絵専門の絵描きじゃないのよ?わかってる?」
「はい…」
「和哉さんは、天才画家なの。和哉さんの両親は画家で、和哉さんもその血を引いて、とても有名な画家なのよ?」
なのにあなたは邪魔をしてる、と麗華は言い放った。



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