愛は貫くためにある
「拓真さんは…わたしを襲ってなんていません」
「それって本当?麗蘭ちゃん」
桃が春彦の背中から顔を出した。
「はい。それどころか…助けてくれたんです」
「助けてくれた?」
春彦が怪訝そうな顔をして拓真を見た。
「わたしが、知らない男の人に絡まれてホテルに連れていかれそうになったところを、助けてくれたんです」
麗蘭の顔は、少しだけピンク色に染まっていた。
「その時、わたしは母親を失ったばかりで、さまようように夜の街を歩いていたから…」
力強く守ってくれた拓真さんが気になってしまったんです、と麗蘭が言った。
「もうふらふらと夜の街を歩くなと、そう言ってくれたんです。そして、わたしの話を聞いてくれたんです。黙って相槌を打ってくれて…」
でも、と麗蘭は続けた。
「わたし、見てしまったんです。拓真さんが…他の女の人と…ホテルに入っていくところ」
麗蘭は目を伏せた。
「拓真さんは、わたしがいたことに気づいて、そそくさとホテルに入っていってしまって。わたし、悲しくて…」
「麗蘭…ごめん。あの時はその…」
麗蘭を後ろから優しく抱きしめた拓真は、少しだけ力を込めた。

「でも、しばらくして拓真さんはヤクザの若さまなんだって知って…。それなら、女の人と何かあってもおかしくないだろうし、やんちゃもしているんだろうなって。でも、わたしの相談に乗ってくれたり、いろいろなことを話してくれたりする優しい拓真さんが…」
「大きい存在になっていったのね」
麗蘭は、頷いた。
「でも、もう会わない方がいいって思ったんです。拓真さんといると、楽しかったけど…」

麗蘭は、拓真に最後に会おうと思って街を歩いていると、拓真は一人で路上に座っていたという。
「あ、麗蘭。どうしたんだよ」
「ううん、なんでもないの」
「そ。…最近会えなかったけど、元気してた?」
「うん。ちゃんと拓真さんの言いつけを守って、夜の外は歩かなかったよ」
「ここにいるってことは、夜の街を歩いてるってことになんじゃないの?」
「あのね。わたし、拓真さんとはもう会えないの」
「は?どういうこと?」
「拓真さんには、感謝してるの。すごく楽しかった。でも、拓真さんのためにも、わたしには会わない方がいいと思うの。拓真さんは、わたしの分も幸せになってね」
麗蘭がそう言って立ち上がると、拓真は直ぐに立ち上がった。
「僕が」
「え?」
「僕がヤクザの息子だからか?」
麗蘭は振り返った。
「うん…」
「そうか」
「じゃあね、拓真さん」
麗蘭が歩きだそうとすると、拓真は麗蘭を後ろから抱きしめて言った。
「なあ…もしさ、もし、僕がヤクザの息子じゃなくて、堅気の…良い大人になったら、その時は僕の…婚約者になってくれる?」
「拓真さん…?」
「僕、本気だから」
麗蘭を強く抱きしめた拓真に、麗蘭はこう言ったのだ。
「うん、わかった。拓真さんが堅気になって良い大人になったら、ね」
「わかった。それまで…待ってろよ」
そして拓真と麗蘭は別れた。



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