愛は貫くためにある
拓真は黙って麗蘭の傷の手当てをした。
麗蘭の左手には刃物で傷つけられたような傷あとがくっきりと残っており、
右足にも深い傷は残っていた。

「どうしてこうなった」
「聞いたんです。拓真さんの昔のこと」
「敬語は使うな。さん付けはやめろ」
「いいでしょう、そんなこと」
「これは命令だ。止めろと言っている」

「…わたしは、大知さんと健さんに聞いたの。拓真の昔のことを知りたいって」

拓真は黙って麗蘭の傷の残る左手を優しく握っていた。
「そしたら、拓真には素敵な、蘭子さんっていう婚約者がいたって」
「…あいつら、蘭ちゃんのこと話したのか」
余計なことを、と拓真はぼそっと呟いた。

(蘭ちゃん…よっぽど好きだったんだろうな)

麗蘭は、拓真の言葉に切なくなった。

「その人はもうこの世にはいない」
「もう昔の話だろ。僕が大好きなのは、麗蘭なんだ。信じられないか?」
「蘭子さんとわたしがすごく似てるって」
「いや、まあ、それは…」
「似てるから、好きになったって」
「違う、そんなんじゃない」
拓真は麗蘭の手を自分の膝の上に置いた。
「確かに、蘭ちゃんと麗蘭は似ている。でも違うんだよ、麗蘭と蘭ちゃんは」

「どこが違うの」

拓真は、すぐには答えられなかった。

(大知さんと健さんと同じ反応…)

やっぱり拓真は蘭子さんがまだ好きで、拓真の心には蘭子さんが住んでいる。
麗蘭はとても悲しい気持ちになった。

「手当てして下さって、ありがとうございました。失礼します…!」
麗蘭は、拓真のレストランから走って逃げた。
手当てしてもらった右足の傷がずきんと痛む。
けれどそんなことは気にせずに麗蘭は、ただただ走っていた。




「大丈夫ですか?」
柔らかな声に、麗蘭は顔を上げた。
「だれ?」
目の前には、麗蘭とそっくりの女性が微笑んでいた。
「はい、どうぞ。お使いください」
そう言ってハンカチを渡してくれた女性は、麗蘭の隣に座った。
「わたしは、八旗 蘭子です」
「え…」
麗蘭は目を丸くした。
「うそ…拓真の、婚約者…」
「ええ、そうよ」
にこりと蘭子は笑った。
「よかった。拓真が幸せそうで」
「ど、どういうことですか」
麗蘭の声の震えは、止まらなかった。
「どうしてわたしがここにいるのか、ということですね」
麗蘭は混乱していて声もなかなか出せず、頷くので精一杯だった。
「わたしは、この世にはいない人間よ」
「それなら、どうしてここに」
「なーんてね」
「え?」
どういうことなのだろう。
いじらしく無邪気に笑うこの蘭子は、なかなか食えない人だな、と思った。


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