愛は貫くためにある
「麗蘭ちゃんはね、話せなくなっちゃったの」
美優がそう言った。
「えっ?う、うそですよね?」
「いいえ、本当よ」
大知と健は、息を呑んだ。
「まさか…」
「そんなことって」
「麗蘭ちゃん、何を言おうとしてたの?さっき」
美優がそう麗蘭に尋ねると、麗蘭は口をぱくぱくと動かした。
「わ、た、し、い、か、な、い」
美優が麗蘭の代わりにそう言った。
「あ、姐御…」
大知は唇を噛んだ。
「ん?なに、麗蘭ちゃん」
美優に麗蘭が何かを言っている。
「大知さん、健さん、今までありがとうございました。拓真さんには、今までありがとうございましたって伝えて。私のことは忘れて、蘭子さんとお幸せに。幸せな思い出をありがとう。さようなら」
美優は麗蘭が伝えたかったであろう言葉を口にした。
「あ、姐御!」
大知が麗蘭に抱きついた。
「姐御、何言ってんすか。若は、姐御のことをとても心配してたんすよ。蘭子様のことは気にしなくていいって。ほったらかしにして申し訳ないって、そう言ってた。だから迎えに来たんすよ」
健も麗蘭の腕を掴んだ。
「わたしは、もう姐御でもなんでもない。若さまとはもう無縁の人間」
美優が麗蘭の言葉を代弁した。
「そんな…!」
大知はすがるようにして麗蘭の目を見た。

『い、ま、ま、で、あ、り、が、と、う』

麗蘭は震える唇でそう告げていた。




健と大知は、無言のまま拓真のレストランに着いた。
「健、大知おかえり。…麗蘭は?」
拓真がそう言うと、健と大知の顔が曇った。
「来ませんでした」
健がそう言うと、拓真は頭を掻いた。
「いきたくないって」
大知は溜息をついた。
「…そうだよな、麗蘭にあんなところ見せたんだもんな」
「若も若っすよ。蘭子様に会えたからって、いくらなんでもあんな…」
大知は、拓真に迫った。
「そうだな。でも、つい…蘭ちゃんに会えて嬉しかったから…」
拓真は悩ましげに顔を歪めた。


「麗蘭!」
「……!」
拓真が、麗蘭のいる部屋へと入ってきた。そう、カフェ・テリーヌの二階の、麗蘭の居る部屋。
「麗蘭…」
会いたかったよ、と呟く拓真。
しかし、拓真の言葉が本当の気持ちなのかは麗蘭にはわからなくなっていた。
「麗蘭?」
黙っている麗蘭を見て、拓真は麗蘭の手を握った。しかし、麗蘭は拓真の手を離した。
「麗蘭?どうしたんだよ」
拓真は、麗蘭を見つめた。
麗蘭は黙って机の上にあるメモ帳とボールペンを持った。
「麗蘭?」
麗蘭は黙ってメモ帳に何かを書いた。そして、拓真にメモ帳を見せた。
「れ、麗蘭…」
拓真は、メモ帳に書かれた言葉に絶句した。

『わたし、話せなくなりました。
すごくショックでした。拓真さんが好きなのは、蘭子さんなんです。わたしじゃない。』


「麗蘭、そんなことないよ。僕は」
拓真がそう話し始めると、麗蘭はメモ帳に再び何かを書き始めた。

『そんなことあります。蘭子さんとお幸せに』

「麗蘭…何を言ってるんだ」
拓真は立っている麗蘭をベッドに座らせ、その隣に拓真も座った。
「貸して」
拓真は、麗蘭の手にあったボールペンを優しく取って、麗蘭の綺麗な字を見つめた。



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