愛は貫くためにある
拓真は、麗蘭がどうしたら笑顔になってくれるのかを真剣に考えていた。
蘭子が現れてからというもの、蘭子に心が揺れてしまった拓真は、自分が情けないと悔やんでも悔やみきれないでいた。
蘭子に会えた嬉しさを抑えきれずに、あろうことか現在の婚約者である麗蘭の目の前で、蘭子を抱きしめてしまった。

「もう離さない 。どこにも行くな」

という言葉を、蘭子に感情の赴くままに発してしまった結果、麗蘭は拓真から確実に距離を置くようになっていった。麗蘭からは笑顔が消え、感情というものを失ってしまったかのように、無表情になってしまった。
ただ、悲しみの表情だけが麗蘭の顔に染みついているように感じるのは、拓真が罪悪感で押しつぶされそうになっているからだろうか。

「麗蘭」

拓真は、麗蘭を手招きしながら呼んだ。麗蘭はその場から動こうとせず、俯いていた。

麗蘭は拓真のレストランの厨房の入口で立ちすくんでいた。
厨房にはフリフリの白いエプロンをした蘭子と、入口で立ちすくむ麗蘭を手招きしている拓真がいた。

「おいで、麗蘭」

拓真は何度も手招きをして麗蘭を呼ぶも、麗蘭はくるりと背を向け去っていってしまった。

(麗蘭は、僕の近くにさえも来なくなった。僕に触れようともしなくなった…)

拓真は、白いエプロン姿で鼻歌を歌いながら人参を切る蘭子を見て、静かに溜息をついた。
麗蘭に会う前の自分だったら、蘭子とこんな時間を過ごせるようになったことを、とても喜んだに違いない。
しかし、今の自分は違う。
今の自分は、麗蘭のことが好きで堪らない。

確かに、蘭子を見た時は心が揺れた。
麗蘭よりも先に蘭子の名前を呼んでしまった。それが、麗蘭の心を深く傷つけてしまうことになってしまったのだ。

今の自分にできることは、ただ一つ。


麗蘭をこの胸に閉じ込めること。
離れていってしまった麗蘭を、本来の居場所である僕の胸へと戻すこと。
拓真は、ぎゅっとこぶしを握りしめた。

(麗蘭…早く戻ってきてくれ、僕の胸に)

拓真は、厨房のまな板に置いてあった林檎を手に取り、じっと見つめていた。


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