愛は貫くためにある
麗蘭は、美香子が自分に言い放った言葉を健と大知に伝えた。
「なんて酷いことを!」
「あー、美香子さんの常套手段だな」
健は腰に両手を当てていた。
『でもね、わかったの。わたし』
「わかったって、何をですか?」
健が、わからないと言いたげに麗蘭を見つめた。
『身の程を知らされたって感じ』
「身の程って、姐御…そんな…!」
大知が麗蘭を心配そうに見ていた。
『わたしは、拓真さんと一緒にいちゃいけないんだなってわかったの』
そんなことないっす!と大知は麗蘭の腕を掴んだ。
『ありがとう、大知さん。でもいいの』
よくないっすよ!と大知が口を尖らせて言った。

麗蘭は、美香子に言われてはっとした。拓真は文句も言わず、手を動かすことも話すことも出来ない自分を介助してくれている。それなのに、尽くしてくれる拓真を拒絶ばかりして迷惑をかけている。そう思うと、拓真のためにも自分は一緒にいない方がいい、と思うようになっていた。

美香子の言葉が脳内で再生される。

「あんたなんか、拓真と一緒にいる資格ないわよ」

その言葉だけが、麗蘭を縛り付けた。

なかなか解けない罠が、麗蘭を血が滲むほど縛り付ける。

『話せない、手が動かないわたしなんて、いない方がまし。こんなわたしに尽くすより、美香子さんみたいな、蘭子さんみたいな綺麗で…健康な人といた方がいいの。わたしはいない方がいい』

麗蘭の心の傷は、次第に深くなっていった。麗蘭は自分に尽くす拓真に申し訳ないと思いつつも、拓真に何の恩返しもできない自分が、とても嫌だった。

麗蘭は寂しげに笑い、部屋へと続く階段を登った。


「麗蘭」

拓真は、麗蘭を呼んだ。
麗蘭が顔を上げた。

「おはよう」
『おはようございます』
ベッドに向かい合って寝ていた二人は、朝の挨拶を交わした。
「麗蘭?おはようの、ちゅーしよう」
麗蘭は首を横に振った。
「……しようよ」
麗蘭の答えは変わらない。
麗蘭は黙って身を起こそうとしたが、
拓真の切なさは最高潮となり、拓真は我慢の限界に来ていた。拓真は起き上がろうとする麗蘭を見て、すぐに麗蘭の肩をがっしりと掴みベッドへと沈めた。
「やだ。ちゅーしよう」
拓真は、抵抗する麗蘭を優しく胸に閉じこめた。
「嫌だったら、ビンタしていいから」
そう言って、拓真は優しく麗蘭の頬を包み込んだ。
「いいか、するぞ、…いいんだな?」
抵抗をやめた麗蘭を見て、拓真が言った。麗蘭はこくりと頷いた。
拓真は麗蘭の唇に触れるだけのキスをした。
「今日は、これくらいにしとくからな。朝からあまり何度もちゅっちゅしてたら…我慢できなくなるからな」
照れながらも拓真は麗蘭から唇を離し、鼻が近づきそうなくらい近くで微笑んだ。

(拓真さんは優しい。どうしてこんなわたしに、こんなに尽くしてくれるんだろう。わたし、なんだか情けない。こんなに尽くしてくれる拓真さんに何も恩返しできないし、何も出来ない…)

麗蘭が溜息をついたのを、拓真は見逃さなかった。

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