愛は貫くためにある
川橋は麗奈と、崎本家にある庭を歩いていた。
「園芸が趣味のようですよ、大知さんは」
「そうなんですか…!私もお花が好きだから、話が合いそう」
目の前で幸せそうに微笑む麗奈の心が、自分ではなく大知に向いているということはとっくにわかっていた。
目の前にいる自分よりも、レストラン店員の大知とかいう男と過ごす時間を何よりも楽しみにしている姿を何度となく見せつけられてきた川橋は、今日も隣の麗奈を見て胸を痛めている。

(どうして僕よりあいつのことを…?
あいつなんかよりも、僕の方がお嬢様を幸せに出来るのに。ずっと近くで、あなたを守ることができるのに。
なぜだ、なぜ僕じゃない?)

川橋は静かに地面を見つめた。


川橋の両親はアパレルショップで働いていて、二人はそこで出逢い恋に落ちた。そう、よくあるパターンだ。
しかし、川橋 勉は違った。
勤務先である崎本グループ系列のアパレルショップ『KILALA』の店員を務める勉は、出逢ってしまったのだ。
運命の相手(ひと)とやらに。出逢ってしまったが最後、勉の心は撃ち抜かれた。

「あの…この服、試着したいのですが…」

控えめに、恐る恐る勉にそう尋ねたその女性こそが、現在の婚約者ー崎本麗奈である。何度か店を訪れる度に、いつしか勉は麗奈にのめり込んでいった。


勉は不安だった。
麗奈の婚約者に選ばれた時は飛び上がるほど嬉しかったというのに、今は不安で仕方がない。

思えば、いつも自分からだった。
デートに誘うのも会いたいと言うのも、愛の言葉を囁くのも、何もかも自分から。自分から接触しなければ、麗奈は自分のことさえ見てくれない。意識してはくれない。特に大知に出逢ってからは、麗奈はぼんやりとすることが多くなってしまった。
「大知さんは今、何をしているのかしら」
無意識にそんな言葉が口をついて出てくるほどに、お嬢様は僕を意識しなくなってしまった。そう思うと、勉は大知が憎くて仕方がなかった。
「あっ、ごめんなさい、勉さん。私…」
我に返った麗奈は勉に、頭を下げた。
「お嬢様、頭を上げてください」
「許してくださいますか?」
「これからも僕と、会ってくださるのなら」
「はい、勿論です」
麗奈の笑顔に、勉は癒された。

(いっそのこと、あいつと出逢う前にお嬢様とお付き合いができていたのなら、こんな苦しい思いはしなくて済んだのかもな。時間を巻き戻したい。できることなら、時間を…)

そんなどうしようもないことを考えてしまうほどに、勉は麗奈の心を掴むのに必死だった。


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