Toxic(※閲覧注意)
上の階に留まったまま、なかなか来ないエレベーターに業を煮やした私は、階段を早足で降りていく。

1秒でも早く、大和に会いたかった。

でも、会いたいと思うのは、彼が私を最高に楽しませてくれるからだ。

私はアバンチュールをしているだけで、本気で恋しているわけじゃない。

もう38だし、こんなことは最後かもしれないから最高に楽しみたい。

彼のことなんて、私は──。

会社から外に一歩出たら、大和の声が「響子!」と私を呼んだ。

彼はちょうど、こちらに歩いて来た所だった。

「大和、お」

お疲れとかお待たせとか、そんな言葉を発する間もなく、大和は私のことを思いっきり抱き締めた。

これ、映画の撮影か何かですか?!

ドラマチックにもほどがある。

てゆーかここ、会社の前だから!

けれど、

「すげー会いたかった……」

耳元で甘く囁かれれば、ゾクゾクとした感覚が体をめぐって、怒る気もすっかり失せてしまった。

やけに息苦しいのは、むせかえるようなラ・フランスの香りのせい?

「……とりあえず離して?」

私はわざと少し冷たい声で言った。

そうしないと、心を全部持っていかれそう。

でも彼は王様、柴宮大和なのだ。

私の言うことなんて勿論完全にスルー。

一向に私を解放してくれない。

そういう所、本当に……。

「ねえ、俺に会えなくて淋しかった?」

相変わらず甘ったるく尋ねる大和に、

「うん、淋しかった」

どんな反応をするのか気になって、素直に答えてみたら、彼は驚いたように目を見開いた。

それから、

「……なにそれ、まじ嬉しい」

いつもとは全く違う、困ったような照れたような笑顔を見せた。

…………。

……ダメだ私、今ので全部持っていかれたかもしれない。
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