砂時計が止まる日
「お姉ちゃん、お風呂入ってくるね〜」
私が油がはねる姿を見ていると横で心菜の声がした。
「うん、温まってね。」
私は油が温まったことを確認してお肉に衣をまぶした。
ばちばちと少しずつきつね色に変わっていく豚肉をただ眺めていた。
「ただいま〜!急に降ってきたからびっくりした〜」
突然、玄関からそんな声がして振り返るとそこにいたのは。
「え、お母さん?」
普段、こんな早い時間には帰ってこない母がいた。
「最近ね、少し仕事が減ったの!
ノー残業で帰ってきたから!
心菜は?」
「ちょっと前にお風呂入りに行っちゃったよ。」
きっとお母さんは私がバイトにも学校にも行っていないことに気付いている。
でも、触れないでいてくれるのはお母さんなりの優しさなのかもしれない。
「雨も降ってきたし、類も帰ってくるんじゃない?
久しぶりに4人でお家で食べれるよ〜」
お母さんは最近少ししわが増えた顔をくしゃっとして笑う。
「お母さん、少し老けた?」
「まあ、失礼な。
でも、少しずつ少しずつお母さんもおばあちゃんになっていくからしかたない。」
彼女の顔の影は数年前よりは幾分かは良くなっただろう。
“時の流れには抗えないの”と笑う彼女に私が言える言葉は私の辞書の中にはなかった。