耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
スマホの画面を開き、慣れない手つきでゆっくりと何かを打ち込んでいく。

美寧が使っているのは先週買ったばかりのスマホ。
いや、『買ってもらった』が正しい。


先週末二人で行った水族館の帰り、美寧は怜に自分が公園で倒れていた経緯(いきさつ)を怜に語った。

美寧の心の一番の(おり)――父親に黙って家を飛び出してきたことを怜に話し、それを受け入れてもらえた美寧は、怜に抱く“特別な好き”を告白した。

晴れて”正式な”恋人同士となった翌日。
怜から『お願いがあります』と言われ連れて行かれたところ。それは“携帯ショップ”だった。

美寧は初めて入る携帯ショップで見るスマホの値段に驚いた。
ラプワールと怜の家の往復の毎日で、たまに立ち寄るところと言えばその間にある緑地公園だけ。怜やマスターとの連絡は、藤波家の固定電話を使わせてもらっている。
美寧の日常に“スマートフォン”は必要なかった。


これまで使ってきたのは旧式の二つ折りの携帯電話。それは衝動的に父の家を飛び出した時に持ち出し忘れた。
『逃げ出したい』という美寧の深層心理が、無意識に父親との連絡ツールを拒んだのかもしれない。



『無くても困らないから』と断る美寧に、『あって邪魔になるものじゃありませんよ』と怜が言う。

実際、美寧は二十一年間生きてきて、それが『必要』だと思ったことはなかった。
祖父との暮らしの中でスマホが無いと困ることは無かったし、父の家に戻ってからも同じだった。

携帯ショップの店員が見守る中、同じような遣り取りを何度か繰り返し、最終的に『俺がミネといつでも連絡を取れるようにしたいのです……ダメでしょうか』と眉を下げた怜の顔があまりに悲しげで、美寧はとうとう首を縦に振ったのだ。


< 344 / 353 >

この作品をシェア

pagetop