残酷なこの世界は私に愛を教えた
この光景――母親が包丁を向ける姿――を見るのは初めてではない。
だけどそれに抵抗しようとするこの感情は忘れていた。
会いたい、あの人に。死にたくない。生きて、あの人と笑いあいたい。
ああそうか、いつか私は、生きたいと願うことをやめたのだ。
生きたいと思わなければ死ぬことを恐れなくて済む。
「生」を望むから「死」が怖いんだ。
そう気付いてしまった時から何も持たなくなった。無理に生を望まず、ただ過ぎる時間に身を委ねれば、楽な日々を送ることが出来た。
その他のモノ全てと引き換えに。
それなのに。それなのにどうして今更。
脳裏に浮かぶのは、決まって彼。
いつもいつも私の中に踏み込んでは掻き乱していく。
――隼人に、会いたい。
そうか。私は、隼人が好きなんだ。
出会って、隼人という人間を知って、いつの間にか惹かれていた。
その過去に傷を負ったからこそ出来る気遣いと、包み込んでくれる優しさに惹かれていた。
隼人に惹かれ、彼に会いたいと思う気持ちが今の生活の全てを壊したのだ。
何よりも優先して彼に会いたいというその気持ちは、紛れもなく「生」を望むものだった。
死んでしまえば彼に会うことも出来なくなるから。
生物として本能であるその感情をなくすことで成り立っていた私の人生はもうとっくに壊れていた。
「生きたい」と、そう、願ってしまった。