残酷なこの世界は私に愛を教えた
どうしてこんな面倒な感情を取り戻してしまったのだろう。
そう思う一方で、これほどに追い込まれた状況でも人を愛する暖かい感情は残っていた。
いや、あるべき全ての感情が戻ってきていた、という方が正しいだろうか。
「生」を求めないことは、感情を捨てることと同義だった。
今は、感情を思い出してしまったから「生」を求めることも思い出してしまったのだ。
それはつまり「死」に抗うこと。
目の前の、いつでも「生」を奪えるその凶器に恐怖が生まれていた。
「そんなものしまいなさい!」
祖母が言う。
が、もう彼女の耳には届いていないようだった。
「お前は何のために生まれてきたんだよ」
何のため?
そんなもの、私が聞きたい。
あんたが生んだから、だから生まれてきてしまった。私にとってそれだけのことだ。
たまたま人間が種を繁栄させるためにする生殖活動の結果、選択肢もなく生まれてきた。
何も選べずに。
環境も親も何もかも決められた所に送り込まれただけ。
生きる意味とか、生まれてきた意味とか、そんなものは後付けのものだ。
包丁を向けて迫って来る母親は、最早母親では無かった。
いや、そう思いたいだけだろうか。
自分の母親に絶望したくなかった。
それよりも、母親に絶望する自分を知りたくなかった。