残酷なこの世界は私に愛を教えた
どうやら、高瀬さんは俺と居ると眠れるらしい。
今もベッドで寝ている。
『眠れないの?』
高瀬さんが寝る前にそう聞くと、不思議そうな表情のみ返ってきた。
ほんとに無自覚なんだな、と苦笑する。
彼女の隣で単語帳や教科書を開く。
“忙しいんだから”と高瀬さんは相変わらず俺を気遣ってくれたが、こうやって勉強しているのだから一石二鳥だろう。
寝顔を見ながら数日前、高瀬さんが事故にあったと聞いてこの病院に向かっている時のことを思い出す。
車に跳ねられたと聞いて、もちろんまずは命の心配をした。
だけどもう一つ。
自殺の意志が有ったのか否か。
その日の朝、あんな光景を目にした。そんな疑いを持つのは自然なことだろう。
あの時、彼女は死ぬつもりじゃないと首を振った。
でもわざわざ立ち入り禁止の屋上に来て、一歩踏み込んだら真っ逆さまという場所で体が前へ傾いて行ったんだぞ?
これを自殺と言わないで何と言う?
まさかまた朝のように、ふらっと命を投げ出そうとしたのではないか。
そんな不安にかられた。
だけど違う。
気付いたのだ。
彼女は死のうとはしていない。朝も、この事故も。
――死ぬことに、執着していない。
でももし、偶然にも死んでしまいそうになったら。……この子は、それに抗うだろうか?
この子は、もし命の危険があれば簡単にそれを投げ出してしまうのではないか。
そう思うくらい、高瀬さんは受動的だった。
さっき見た表情が忘れられない。
全てのもの、感情や命さえ執着していないように見えた。
そして俺はそれに踏み込むのが怖かった。
――お前のせいだ。
頭の中で声が響く。
彼女を傷つけてしまうような気がした。