次期院長の強引なとろ甘求婚
やっぱり、お店を畳むなんてしたくない。
安西さんのお宅を出てから、私はどすどすと音がしそうな勢いで帰りの道を歩いていた。
お店を閉店するかもしれないと告白した時の、奥様の表情が脳裏に焼き付いて離れない。
ご主人に供えるお花を、これからどこで買えばいいのかと言った奥様の声は、今もはっきり耳の奥に残っている。
きっと、安西さんだけじゃない。
うちがお店を畳んだら、困るお客様も、悲しむお客様も、きっとたくさんいるはずなのだ。
気づけば無意識のうちに、駅前の大通りにまでやってきていた。
駅前の一等地に、ガラス張りのオシャレな店構えで客を呼び込むフラワーショップ。
道の端で足を止めて、その店先を見つめる。
間違いなく、一昨年このチェーンのフラワーショップが駅前に出店してから、うちの売り上げは落ちている。
昔からの常連のお客様などの贔屓でなんとかやってこれているけれど、新規のお客様を獲得することは難しいのが現状だ。
うちは個人の小さなお店で細々とやってきたから、両親には大手グループの店に挑もうという気はさらさらない。
だから、静かに店を畳むという答えに行き着いたのだ。
「あれ……?」
ぼんやりと歩道の隅で佇んでいると、聞き覚えのある声と共に視界の端に人が近づくのが映り込んだ。