次期院長の強引なとろ甘求婚


 知らぬ間に緊張していたのか、彼女が出ていくと脱力したように足元がぐらつく。咄嗟にカウンターに手をつき体を支える。


「いたっ……」


 その拍子に台の上に置いていたバラの棘が手の平に刺さり、ちくんと痛みが走った。

 一体、なんなの……?


『あなた、樹のなんなの?』


 衝撃のひと言目が、耳の奥にはっきりと残って何度もリピートされる。

 今の女性は、樹さんを呼び捨てで呼ぶ間柄ということ……?

 そんなことを思った時、この間のことがハッと蘇った。

 八ヶ岳に行った時、樹さんが出た電話で呼び捨てで呼んでいた女性の名前……。

 忘れもしない〝サホ〟という名前……。

 あの時、誰だろうと気になりながらも、もちろん訊くことはできなかった。

『今の、誰ですか?』なんて、私に訊けるはずもない。

 でも、その場で解決しなかったために、ずっともやもやとしていた。

 楽しい時間に一気に陰が差して、そのことばかりが気になっていた。

 だけど、きっと今の女性が、その〝サホ〟さん……。

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