ビタースウィートメモリー
episode3
悠莉が甲州屋に着いた時、大地はタコの唐揚げと馬刺しをつまみに、白ワインに舌鼓を打っていた。
「おつかれ」
昼間にあんな別れ方をしたというのに、何も気負わずにそう言えた自分が不思議だ。
グラスと二本目の白ワイン、そしてウニ入りのオムレツを頼み、悠莉は真正面に座る大地と目を合わせた。
「もしかして今来たばっかりか?」
「ああ、今日残業になっちまったから。あ
唐揚げ食う?まだあったかいぞ」
「食う。レモン要らないならくれ」
小皿に取り分けてもらった唐揚げの上でレモンを搾り、衣がしんなりとしたところで口に運ぶ。
爽やかな酸味と塩気とタコの弾力を楽しみながら、白ワインを飲み干す。
勢いで甲州屋を指定したことを、今になって悠莉は後悔していた。
食事も酒も文句なしに美味しい店ではあるが、赤暖簾にシミだらけの茶色い壁の割烹料理屋で告白の返事をするのは、いくらなんでもさすがにムードが無い。
二軒目を誘って、よりロマンチックな雰囲気を発生させられそうな場所に移動するべきか考えるが、女子会以外でそんな場所に行ったことはないからいまいち落ち着かない。
そんな風に悠莉があれこれ考えていることに気づかない大地は、〆を雑炊にするか釜飯にするかで悩んでいる。
メニュー表を見ながら真剣に思案する大地を見ていたら、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
告白する場所なんて、もうどこでもいいじゃないか。
「小野寺」
「何、ワインか料理の追加?」
「それは後で。今日からあたし、お前の彼女になっても良い?」
意識しないで、自然なトーンで。
そう意識すると余計に恥ずかしさが込み上げてきて、肝心な言葉はかなり早口になってしまった。
しかし、大地はしっかりと聞き取れたようだ。
ワインを注いでいる途中で腕が停止し、グラスからワインがこぼれている。
「小野寺!あふれてる!!」
「えっ、ああ!」
あたふたと店員を呼び、雑巾を持ってきてもらい、テーブルを拭きながら大地はぼやいた。
「お前な、返事するタイミング考えろよ。なんで今なんだよ」
「考えたけど、シチュエーションにこだわってたら言いそびれそうで、さっさと返事したいなって」