ビタースウィートメモリー



およそ8畳ほどの広さのガゼボの中には、二人がけの白いベンチが設置されていた。

スーツのポケットからハンカチを取り出し、ベンチの上でさっと広げると、大地は恭しく悠莉を座らせた。


「このパンツ、素材ポリエステルだし水洗い出来るから気にしなくて良いのに」

「そういう問題じゃねえだろアホ。つべこべ言わずにお姫様扱いされてろ」

「おええー」

「吐くな。慣れろ」


そろそろ限界だった。

もしかしたら、大地は恋愛中はこれが標準モードなのかもしれないが、悠莉からすれば糖分過多である。

甘い。甘ったるすぎて、適当に茶化さないと正気でいられない。


「それより、ちゃんと前を見ろ」


隣に腰をおろした大地の指差した先を見ると、一枚の絵のような光景が広がっていた。

ブランコの後ろからガゼボに続く道が土色のセンターラインとして真ん中にあり、シンメトリーに花壇が配置されている。

センス良く並んだ街灯が薔薇たちを照らし、ガゼボの周りは柔らかな光と花に包まれていた。


「わあ……」


本当に綺麗なものを見た時、人は言葉を失う。

幻想的な美しさに、時間を忘れて悠莉は見入った。


「夜になるとあまり人が来ないから、ここ穴場なんだ」

「こんな綺麗な景色を独占出来るなんて、贅沢だな」

「誰にも教えるなよ」

「絶対誰にも教えない」


今夜見たもの、感じた気持ちは墓場まで持っていく秘密にするのだ。


「にしても小野寺、お前こういう穴場見つけるのうまいな」

「大地」

「え?」


いきなり自分の名前を呼んでどうしたのかと、悠莉は首をかしげた。



「名前で呼べ。彼氏なんだから」



高圧的な物言いは、大地の焦れったそうな声で不思議と柔らかくなっていた。

いつの間にか、繋がれた手に力がこもっていた。

逸らすことなど許さないとでも言うように、黒い双眸がしっかりと悠莉の目を捕らえる。

彼氏になったら名前で呼ぶのが義務なのかよ、とふざけようとしてやめた。

大地に想いを寄せられて、自分も彼を好きになって、友達とは違う関係になることを選んだのだ。

いつまでも、ふざけて茶化してばかりではダメだ。



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