ビタースウィートメモリー
ファンクラブじゃなくても大地を慕う女子社員は多い。
面倒事は避けたい悠莉としては、何がなんでも付き合っていることは隠したい。
「じゃ、しばらくは黙っとく。でもずっと隠しておくのもあれだから、期限を決めよう」
俺としては公表したいけどな、と付け足し、大地は妥協案を出した。
「そうだな……一年だ。あと一年以内に、付き合っていることを公表しても青木の立場が悪くならないような状況を作る」
「どうやって?」
「秘密。まあ、任せとけ。ちゃんとどこにも損が無いようにするから」
じゃあな、と手を上げる大地に手を振り返し、悠莉は周囲に知り合いがいないか警戒しながら、駅の階段を登った。
電車に乗っている間も、駅から自宅まで歩いている間も、どこかフワフワとしていて現実感がなかった。
帰宅してベッドに倒れ込み、全力で自分の頬をひっぱたく。
スパン、と小気味の良い音がして、熱と痒みが広がった後はズキズキと痛んだ。
その痛みが、今ここは現実であり、自分の夢や妄想ではないことを知らしめす。
「本当に、付き合ったんだ……」
湧き出る感情は何かわからない。
喜び、恥ずかしさ、未知への期待、甘酸っぱい何かが体中を駆け巡り、その衝動のままに悠莉は手足をばたつかせた。
その気持ちをときめきと呼ぶのだと知ったのは、それから数日後のことである。
〜END〜