ビタースウィートメモリー
空き時間を使って明日の会議用資料の見直しをすれば、細かい部分の修正に時間がかかってしまった。
そのままプリントしても問題はないが、どうせならもっと見やすいものをと、大地を待っていることも忘れて悠莉は指を動かした。
明日は会社に寄る前にキンコーズだな、と思案したその瞬間、首筋に何か冷たい塊が当たった。
「うおおっ!」
およそ女性とは思えない野太い叫び声に、ラウンジにいた何人かが肩を震わせた。
首筋を押さえながら悠莉は振り返り、クスクス笑いを隠そうともしない大地を睨み付けた。
「咄嗟の悲鳴があれって……俺、お前のことおじさんだと思ってたけど違ったわ。ゴリラだった」
「喧嘩売ってんのかもやしが」
大地の手におさまる、キンキンに冷えた缶のカフェオレを睨み付け、悠莉はデスクを片付けた。
「もやしじゃねーよ。少なくともお前よりは筋肉あるぞ」
「なんであたしと張り合ってんだよ」
「だってお前けっこう筋肉あるじゃん」
ブラウスの上から上腕二頭筋をつつく大地に、おもいっきり力こぶを作る。
見事にそこは盛り上がった。
アスリートも真っ青な、立派な筋肉である。
そして、通りすがりの社員達は見てはいけないものを見たような空気を出して二人を避けているが、当人達は気づいていない。
「で、お前どんくらいあるわけ?」
「うるせーちび」
筋肉量で張り合っても勝てないとふんだ大地は、即座に方向転換した。
何があっても負けることのない伝家の宝刀、身長を持ち出す。
外回りの日の悠莉は3cmヒールのパンプスしか履かないため、今日は大地との身長差はそれなりにあった。
「その罵倒は人生初だわ。お前のちびの基準値ってなんなの?ドイツ人?」
「俺より小さい者すべて」
「しょうもな」
二人で軽口を叩き合いながら会社を出ると、大地が声のトーンを落とした。
「今日さ、俺の家に来てくれない?」
「別にいいけど、何?家具の組み立てか?それともベッドか椅子の修理か?」
この三択以外で家に呼ばれたことがないのだ。
今回も当然それを予想していた悠莉だが……。
「元カノがストーカー化しているのかもしれなくて」
深刻そうな大地を見ても、悠莉はまったく同情出来なかった。