ビタースウィートメモリー
大地が指をさした方向、ベランダを見てみると、そこには下着やタオルが綺麗に干されていた。
嫌な想像が頭をよぎり、鳥肌が立つ。
「俺さ、基本的に彼女に合鍵は渡さないんだよ。でも、帰宅したらいつの間にかゴミが消えていて、洗濯ものが干されている……」
もはやホラーである。
「これをやったのが元カノだとしたら笑えないぞ……なんだこれ?」
キッチンテーブルの上には、ピオニーの花束が入った小綺麗な花瓶が鎮座していた。
花瓶も花も淡いピンクである。
男の一人暮らしにはとても似合わないファンシーなカラーに、大地はなんとも言えない顔をしていた。
花瓶の下にはカードらしきものが敷かれているのを見つけ、悠莉はそれをかざした。
〝最近外食ばかりだね。胃が疲れちゃうよ?お味噌汁作っておいたから食べてね。〟
最後に、丸い字でみく、と書かれてある。
たまらず、悠莉はひっと息を飲んだ。
これはストーカーという領域はとっくに越えている。
思いっきり住居侵入罪である。
「あ、ダメだ気持ち悪くなってきた」
大地は今にも吐きそうなくらいに顔が青い。
「自業自得とはいえ、これはさすがにちょっとな……」
どうしたものか、と腕を組み悠莉は考えた。
「まずは鍵を変えよう。多分合鍵を作ってるだろうから、このままだと入り放題だ」
一体どうやって入手したのかは知らないが、大地の預かり知らぬところで合鍵を作っているのは確実である。
「そうだな……ん?」
大地のiPhoneが短く二回震えた。
しばらく無言で固まっていた大地だが、LINE画面を開いたまま悠莉に押し付けた。
「見てみろ」
一体なんだと受け取った悠莉だが、すぐさま彼女も固まった。
〝大地くん、わざわざお友達に彼女のふりしてもらう必要ってあったの?みくを呼べばよかったのに!みくは浮気とか気にしないけど、大地くんがみくのこと大事にしてくれてるのは伝わったからね〟
ハートを飛ばすクマのスタンプに、かろうじて悠莉は悲鳴をあげるのをこらえた。
「おいこれ……!昨日甲州屋にいたってことか?もしくは盗聴されている?」
最近は盗聴アプリなるものもあるらしい。
同じ事を大地も考えたのか、必要なものをすべて残し、ゲームやブランドのアプリを消し始めた。
「なんか、全部疑わしく見えてきた。とりあえずないと困るもの以外はすべて消す。あと……こいつには、直接会って別れ話をするしかない」
「あたしの出番だな」
「よろしく頼むよ、彼女」
どういった文言で誘い出したのかはわからないが、大地はストーカー化した元カノと、金曜の夜に会う約束を取りつけた。