ビタースウィートメモリー
「白石さん、慰安旅行の時に会って以来だね!俺のこと覚えてる?」
美咲にアピールしようと必死の高橋だが、そこはもういい大人である。
人畜無害そうな柔和な笑顔と、野菜多めの手料理を片手にさりげなくパーソナルスペースに入り、様子を伺っていた。
一人暮らしにしては広い2DKの高橋の自宅には、現在8人ほど集まっていた。
そのほとんどが美咲と面識のない人だが、もともと人好きな美咲は嬉々として友人を増やしている。
「覚えてますよ~!高橋さん、酔っぱらってライオンキングの物真似してましたよね!すっごく似ていたので忘れられませんでした」
酒癖がよろしくない高橋としてはあまり覚えていてほしくない黒歴史だ。
笑顔がひきつり、どうにか新しくまともな記憶を美咲に植えつけようと奮闘している。
その努力している姿を尻目に、悠莉は高橋の友人である広報の佐々木梨花と、誰かが作ってきたローストビーフをつまんでいた。
絶妙な塩加減と柔らかさに箸が止まらない。
「青木さん、お酒は?遠慮しなくてもいいのよ?」
あちこちのテーブルに申し訳程度に存在する缶ビールや日本酒に、今日の悠莉は一切手をつけていなかった。
社内でも無類の酒好きと有名な悠莉に気を遣った佐々木がビールを持ってこようとしたが、悠莉はそれをやんわりと断った。
「お気遣いありがとうございます。でも今日は皆さんが美味しいものを持ち寄ってくれているので、呑むより食べるほうに専念します」
酒は好きだがTPOは弁えるのが、悠莉のモットーである。
女子会に誘われたら小綺麗なカクテルを何杯か、結婚式だったら周りの酒量より少し多め、こういった食事メインのホームパーティならアルコールはなし。
しっかり呑むのは会社の飲み会と、自分と同じくらいの酒量の人と会うときだけである。
楽しく人付き合いをしていくためには、時として自分の好みより空気に合わせることを求められるのだ。
そして営業をしているだけあり、悠莉はその場の空気に合わせることは苦手ではなかった。
「意外だね。常にお酒が欲しい人って勝手に思ってた」
「あはは、よく言われます。これでも、アルコールのない集まりにだってけっこう顔出しますよ。美味しいものも、人と話すのも好きなんで」
さっきから悠莉がつまみ続けているローストビーフが佐々木の手作りと判明し、そこからは急速に話が盛り上がった。